第1章 朔-月のない夜-
最寄りの駅はそれなりに利用客が多く、私の他にもぞろぞろと続いて人が降りていく。
駅ビルへと向かう人、繁華街へ向かう人、バスターミナルへ向かう人。
まだ明るい金曜日の夜の街は、大勢の人を飲み込んで行く。
「……はぁ……」
改札を出て数歩。無意識にため息が漏れる。
この駅では待ち合わせの目印の定番になっているステンドグラスの前で私は立ち止まった。
別に、誰とも待ち合わせてなんてないのだけれど。
自宅はここから徒歩で帰れる距離。
実家まではバスで30分。
金曜の夜に何の予定も無く実家に帰るのも癪だけれど、自宅に帰ったところで夕飯はないし、自分で用意する気力もない。
かといって一人でレストランとか定食屋とかも気が引ける。
「…お母さん、いるかな…」
携帯電話を取り出して、通話履歴の一番上にある母親に電話を掛ける。
「…………」
5コールほど鳴ってから、受話器の向こうで留守番電話のアナウンスが流れ始めた。
そういえば、金曜日はご近所さんと宴会だとか言ってたっけ。
「……はぁ……」
食事のあてが無くなって、さっきよりも重いため息が漏れる。
どっちにしろ、家に帰っても食料はない。
実家なら、何かしらあるだろう。
そう思ってバスターミナルの方へと足を向けた。
停留所に乗客の姿はない。
次のバスは何分かと時刻表を眺めると、あと40分は来ない。
「……これだから田舎はさー……」
そんな田舎に二十年以上も住んでるんですけどね。
頭の中で自分にツッコミを入れて、とぼとぼと疲れた足を動かす。
バスは40分来ない。
来たところでそこから30分。
それまで時間を潰すことを考えるなら、いっそのこと実家まで歩いてやる。
美味しいごはんにありつく前に、その分のカロリー消費。
けれど、足元を見れば5cmのヒール。
普通に歩くには疲れたりしないのだろうけど、これで田舎道を1時間以上歩くと思うと……
「……なんとかなるか」
こんな労力は惜しまないのに、自分で夕飯を作ろうとは思わない。
典型的なダメ人間だなぁと自嘲する。
「おっ、姉ちゃん、なんだよ、ご機嫌だなぁ」
気づけば真横にふらふらと歩く二人組の姿があった。
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