第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
暫くして体育館の清掃が終わると、生徒たちがこちらに集まってくる。
ありがとうございました!と大きな声で挨拶をされて、私はまたたじろいで曖昧な笑顔でどういたしまして、と答えた。
そして主将くんの解散!という声と同時に生徒たちは部室へと戻っていく。
その中に、あの眼鏡の彼を見つけて私は慌ててその姿を追いかけた。
ええと、そう、名前は……
「あ、待って、月島くん!」
そう声を掛けられた彼は少し驚いたように振り向いて、そしてすぐにすっと目を細めた。
「……何か用デスカ」
そう言って、隣にいた子に「山口、先行ってて」というと、改めて私の方へ向き直ってくれる。
「あ、呼び止めてごめんね。昨日のお礼をちゃんと言いたくて」
「……お礼?昨日?」
今日何度も目が合ったような気がしたから、私って気づいているのかも、なんて考えていた。でも、やっぱり解ってなかったか。
「昨日の夜、駅で酔っぱらい追い払ってくれたでしょ」
「……あぁ、あれ、貴女だったんだ……」
「そうなの。ちゃんとお礼言えてなかったから。ありがとう、助けてくれて」
「……別に、助けたつもりはないデス。あんなところでごちゃごちゃ煩かったから迷惑だと思っただけ」
「あ、そう、ですか……」
この子性格、悪くない?
まず、そう思った。
いや、でも私にとって助けられたのは事実だもんね、と言い聞かせてあくまで笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「でも、本当に助かったから、ありがとう。……それだけ。引き留めてごめんね」
そう言って去ろうとしたとき、ぼそりと声が聞こえた。
「そうやってへらへらふわふわしてるから、絡まれるんだよ」
確かに、そう聞こえた。
はぁ?と思って振り返ると、月島くんはもう背中を向けて歩いていた。
誰がへらへらふわふわしてるって?っと反論したい気もあったけれど、
子供の言うことにいちいち腹を立てるのも面倒くさい。
繋心は既に車へと向かっていて、私が来るのを待ってくれているようだった。
月島になんかあったのか?と聞かれて昨日の出来事と今あったことを話すと、
繋心は苦笑いで「あいつは素直じゃないからなぁ」と言った。
助けてくれた人にお礼が言えてすっきりした反面、新しいモヤモヤが生まれた気がした。
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