第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
「相変わらず手首柔らかいなー」
「そう?もうだいぶやってないけど」
「勿体ないねぇ。お、そうだ」
繋心は私からボールをひょいと奪うと、アタックライン付近で止まる。
「久しぶりに香奈のトス打ちたくなったわ」
「……繋心もセッターだったでしょ……」
「ケチくさいこと言うんじゃねぇよ、ホラ、来いって」
ネット前に行くよう促されて、私はしぶしぶ歩く。
でも、どこか心は浮いている気もした。
「オープン?」
「おう、速攻とか無理だわ」
「老体だもんね」
「ぐっ…」
床に座って休んでいた生徒が数名、物珍しそうにこちらを見ているのがわかった。
繋心は行くぞ、と言って私に緩いボールを出す。
懐かしいな、この感じ。
自分の頬が、少し緩んだ気がした。
あの頃よりも、ボールが少し重くなった気がする。
ずいぶん鈍った指は、思うようにボールを捉えてくれない。
けど、理想通りのトスが目の前に上がって、瞬間、繋心がジャンプするのが見えた。
と、また、目の前にあの視線が突き刺さる。
さっきの、背の高い眼鏡の男の子---
トスを上げた、その向こうに、彼が立っていた---
「っしゃぁ、絶好調」
「……っ、相変わらず、スパイク下手だねぇ」
「生徒の前でそういうこと言うなよ……」
がっくりと肩を落とす繋心を横目に、改めて眼鏡の彼の方を向くと、
彼はもう床に腰を下ろしていて、タオルで顔を覆っていた。
.