第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
生徒たちの昼休憩が終わったあと、顧問の先生と生徒たちに軽く紹介を済ませた。
生徒の数はあの頃からだいぶ減っている。
これじゃ全員ベンチ入り出来るほどの人数しかいないじゃない、と体育館を見まわしてみる。
用具こそ新しくなっているとはいえ、この雰囲気はそう変わるものではなかった。
私が紹介された時に浮き足出っていた生徒も、練習が始まると同時にスイッチが入る。
ボールの音。
シューズの音。
体中を支配する汗に、それを振り払うように響く声。
十代そこそこの男子生徒の声は、少しの幼さを残しながら大人になろうとしている。
"青春"
そんな言葉が似合う場所だった。
「香奈、こっち、ボール出しいいか」
繋心もまたスイッチが入っていて、生半可な気持ちでコーチをしているわけじゃないのが解る。
私はコクリと頷いて、学生時代を思い出しながら繋心の手にボールを乗せていった。
ふと、視線を感じた。
それは、コートの外に立つ背の高い男の子から向けられているものだった。
挨拶の時、ろくに生徒の顔も見ていなかった私は、改めて、眼鏡をかけたその子がいることに気づく。
じっと、私を見ている……?
眼鏡の向こうの瞳が何を見ているのか---
「ボール!」という声に我に返り、慌てて繋心にボールを渡す。
すぐにさっきの男の子を見たけれど、彼はもうそこには居なくて、レシーブを待つ列に入っていた。
気のせいか。
と思って、はっと気づく。
あの子、どこかで会ったことがある。
っていうか、昨日、駅で助けてくれた人だ。
間違いない。
あの時は良く解らなかったけれど……
……高校生、だったのか。
暗い街の中でしかも逆光だったから、勝手に大人の人だと勘違いしていた。
ということは、彼も私をはっきりとは見えていないのだろうけど……
改めて、昨日助けて貰った女です、ありがとうございます、って、お礼しよう。
昨日、きちんと「ありがとうございます」と言えていなかったことが、どこかモヤモヤとしていた。
だから、これはすごい偶然でラッキーだと思う。
まさかこんな風に会えるなんてことは思いもしなかったけれど。
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