第1章 朔-月のない夜-
『疲れた』
頭の中で独りごちて、ホームに止まった電車に身を乗り込ませる。
東京都心に比べたら乗客が少ないとはいえ、この時間の電車は途中駅からの乗車では座れない程度に混んでいた。
最寄りの駅まで、右側の扉は開かない。
手すりにもたれるように立って、ぼんやりと外を眺めると
ガラスに映った反対外の扉がゆっくりと閉まっていくのがわかる。
そして、電車が走りだすのと同時に、私は重い瞼を落とした。
『疲れた』
頭の中で反復した言葉は、それが持つ意味以上に私の体を鈍くさせるようだ。
朝から晩まで働いた、……と言っても、ほとんどデスクに座っているだけなんだけれど。
けれど、それでも、"一日のお勤め"を終えた心身はかなり疲労している。
ほんの数分の乗車時間は、私の貴重な休息時間へと変わる。
体は確実に起きているのに、意識が眠りの世界へ引き込まれてしまう。
いつしか自分の体が傾いていることにも気づかず、トスン、と、誰かに自分の肩がぶつかる感触で慌てて目を開ける。
「すみません」と慌てて声をかけたけれど、相手の反応は気にしない。
これだけ混んでいれば誰かしらにぶつかるだろうし、長い時間体を預けてしまったわけでもないから、とりあえず謝っておけばいいだろう。
そんな風に考えて、また窓の外に視線を向ける。
ろくに顔も見ずに謝った相手が、窓ガラスに映っている。
私の斜め後ろ。
背の高いその男性は背中を向けてヘッドホンを装着していた。
あぁ、なんだ。背中にぶつかったのか。
ヘッドホンしてるんじゃ謝っても意味無かったかな。
ま、いいか。
そんなことをぼんやり考えて、そうしてまた、再び重い瞼を落とした---。
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