第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
「……繋心は店番やってないんだ?」
そう聞くと、ばあちゃんは「あぁあの子はね」とお店の裏側を顎でくいっと指した。
「ほら、今高校のコーチやってるでしょ。だから昼間仕事できねえって行って、朝は畑やってるんさ」
「……高校のコーチ?」
「あれよ、あれ、なんだっけ……ほら、繋心もやってた」
「……バレーボール……」
「そう、バレー。そのコーチ。しつからすねぇ頼まれたみたいよ」
「ふーん……そうなんだ。あ、ありがと、ばあちゃん」
牛乳とお釣りを受け取って、はいはいと言うばあちゃんに手を振って店を出た。
ばあちゃんは若い人と比べると方言が顕著に出ている方だと思う。
標準語しか解らない人が聞き取れない訳でも意味が解らない訳でもないのだろうけど、たまに私でも?と思う言葉が出る。
『しつからすねぇ頼まれた』っていうのは、嫌がっているのにしつこいっていう感じでいいと思う。
「烏養のじいちゃんは監督辞めたのかな……」
ぼそりと呟きながら帰り道の坂を上っていると、見慣れた黒いジャージを着た男の子と自転車ですれ違った。
男の子は物凄い勢いで下っていき、三叉路を高校の方へと曲がっていく。
今日は土曜日。まだ8時にもなっていない時間。
ずいぶん朝早くから部活が始まるんだな……。
あの黒いジャージは、きっと、バレーボール部だろう。
烏野高校の部活ジャージで黒を採用しているのは、男子バレー部だけだった。
校名と相まって、ちょっとした名物だったのかも知れない。
「……しっかし、繋心がコーチねぇ……」
昨日会った時はだいぶ髪の毛の色が明るく見えたけど。
あんなんでコーチとか大丈夫なのかな、なんてことを考えながら、長い坂をとぼとぼと歩いた。
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