第2章 繊月 -今に繋がる過去-
翌日、いってらっしゃいと私は手を振って、そして、「おかえり」を言うことは無かった。
会社にはもうとっくに依願退職を申請して、有給も計画的に使い切った。
三年以上働いたから、スズメの涙程度でも退職金は出た。
住んでいた家は彼の名義だったから、私は自分の痕跡だけを消して家を出た。
私の趣味で買った家具は全部処分した。
物に罪はないとは言え、このまま彼に使っていて欲しくもないし、私も使いたくない。
だから、処分した。
ありきたりな、「今までありがとう」という書き置きだけ残した。
着信拒否をするとかメールをブロックするとかはしなかったけれど、何度彼からの電話が鳴ろうがメールを受信しようが、私は彼に応えることはしなかった。
退職と同時に、私は地元へ戻った。
本当は東京で転職しようかと思ったけれど、色々考えて結局は地元を選んだ。
転職先は大手企業の地方拠点。
もちろん、会社は大きな駅の近くにある。
ド田舎と言ってもいいのどかな地域にある実家からでは通勤が不便で、駅の近くで一人暮らしを始めた。
見知った駅は妙な安心感を抱かせてくれて、何もかも疲れたと感じていた体をとにかく前に歩かせた。
こんな話をすると、たった一度の失恋でへこみ過ぎでしょ、とか笑われるかもしれない。
でも、仕方ない。
だって、もう帰ってきちゃったし。
都会に疲れたっていうのは本当だし。
こっちでも仕事が出来るんだから、向こうにいる理由なんてもうないし。
上京したのなんて、若気の至りだし。
恋愛に疲れたわけじゃなくて、単純に仕事に飽きただけだし……。
誰に言い訳してるんだろう。なんてまた自嘲をして、温くなったお茶漬けを口に運んだ。
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