第8章 花咲く蒲公英とクロウタドリ
俺の腕の中で瀬那がくすくすと笑う。
大人しく自分の腕の中に、自然に納まっていることに動揺しているのは自分のほうだった。
はぁ。
なんて、この人は、無自覚なんだろう。
これまで見てきた瀬那の姿のどれとも似ていなくて、とても女の子らしい、可愛らしい姿だ。そうはいっても、空から降ってくる侍女なんてみたことがない。
木の上での攻防戦のせいか瀬那の額や首筋にはしっとりと汗がうかんで、頬が少し紅潮し、じっと上目遣いでこちらを見ていた。
(…その破壊力を自覚してくれよ。)
あまりにもその視線をまっすぐに向けられるものだから、思わず耐えられなくなって、狼狽していることを見抜かれまいと、瀬那を揶揄ってみたけれど、瀬那は何かを堪えきれずに吹き出したのだった。
折角、足場にするには危ない枝への着地を阻止してやったというのに、なんてひとだ。
安静が必要だと言われているひとが一体何をやってるんだ!という心の叫びを声にする代わりに、メイド服のコスプレだとか、侍女の仕事に木登りがあるかと糾弾すると、彼女はぐっと押し黙って俯いた。
ほとんど編み込みの解けかかった薄いブロンドヘアーがはらりと動き、その髪の隙間から覗く耳に小さな切り傷を見つけた。赤い血が滲んでいた。
そして、次の瞬間、少し露わになった白い首筋に、今までみたことのない赤い跡が刻まれていることに気付いてしまった。
(!)
心臓が跳ねるようだった。
その赤い華の理由は一瞬で察しがついた。
(……兄殿下…か…。)
『っ!』
無性に腹立たしくて、徐にその耳の小さな傷をなぞるように舌を這わせると、瀬那の身体がぴくっと反応した。
『オビ!』
リュウ坊を気にしてか、小さな声で批難の声をあげた。
目の端にうっすら溜まる涙。
赤く潤む唇。
不格好に捲り上げられて裾の縛られたスカート。
そこから伸びる足の柔らかな白肌。
…男の本能を煽るだけのその色香を纏っている。だが、本人は欠片も自覚していない。
ほんとはもう少し灸を据えてやりたい気持ちもあるけれど、木の元には瀬那嬢を心配するリュウ坊がいるし、そのリュウ坊を薬室のお嬢さんも待っている。
「傷があったから、消毒。」
そう言って、何事もなかったように、リュウ坊の元に飛び降りた。