第8章 花咲く蒲公英とクロウタドリ
(!)
瀬那という名前がリュウ坊の口から出てきたことに驚いた。
と、同時に、木の上に佇むあの金髪の彼女が瀬那なのかと気づいて、はっとした。
頭のどこかでは、彼女が瀬那であるということを既に理解していたようにも感じたが、すぐに彼女だと思い至らなかったのは意図的に瀬那を考えないようにしていたからかもしれない。
(はぁ…。らしくないな…)
先ほどは親鳥の猛攻に今にも遭いそうというところで、リュウ坊のほうに気を取られてしまったが、急いで瀬那の姿を探せば、木の上方でまるで舞うように枝と枝を華麗に飛び跳たり、タイミングよくしゃがんだりして、鳥からの攻撃を躱していた。
まるでいい遊び相手を見つけたかのように楽し気にも見えたが、右側を庇いながらの身のこなしには危うさが見え隠れしていた。
(…!)
ちらりとリュウ坊を見れば、同時に顔を見合わせたようでしっかりと目が合った。
呆れたような困ったようななんとも言えない表情でリュウ坊もおそらくは自分と同じような気持ちなのだろう。
城で安静にしていろと兄殿下に引きずられていったのが、ついさっきのことのように記憶に新しいというのに、まったくお転婆にも程がある。
「オビさん。瀬那さんは僕の摘んだ蒲公英をあいつから取り返そうと…」
リュウ坊が目の前の事情を説明しようとしたその時、黒い羽が舞う中に瀬那の身体が宙に舞い、編み込みで纏められていたブロンドヘアーがほろほろと解れて、ふわりと浮いた。
背を反って宙を回転する瀬那のそのバイオレットの瞳と期せずして視線が交わると、少しばかり大きく目を見開いて、そしてうっすらと微笑んだ。
男のような身形ばかりみていたが、こうしてちゃんと女性らしい恰好をしていれば、年相応か少し幼く見える侍女のようではあるけれど、今まさに目の前で起きている振る舞いをするような侍女など城にいるはずがない。
その黒い羽根が舞い散る中で宙を舞う姿は、
まるで―――
「…天使みたい。」
ターコイズブルーの瞳には、そのお転婆すぎる瀬那嬢がそのように映ったようだ。