第8章 花咲く蒲公英とクロウタドリ
―――キィキィキィ――
空は快晴。
少し風が強く、ひんやりとした空気だが、太陽の光の暖かさでちょうど心地いい温度に調節されているようだ。
今日は主からの仕事もなく、お嬢さんの仕事の手伝いもなく、また、あのお転婆姫君の御守りからも解放されてしまっていたので、俺は木の上から俯瞰的な見張り、もとい昼寝をしていた。
微睡の中で瀬那のことを思い出してしまって後悔した。昨日の出来事が鮮明に、しかも自分が想像していたよりもはっきりと記憶に刻まれていた。
―――探したぞ、瀬那。
兄殿下が薬室のあの部屋を裏口からまっすぐに迷わず訪ねてきたことは、あとからお嬢さんに聞いて知ったことだった。
お嬢さんは兄殿下が薬室の奥から瀬那を抱えて、表の玄関を使って城の自室へと戻っていったらしい。
(…っ。)
兄殿下が瀬那を見つけるなり、彼女の口腔内へと薬液を流し込む姿をまざまざと見せつけられたことに、自分自身でも驚くほどに動揺を憶えていた。胸の奥が捻れるような、得も言われぬ不快な感覚で、それがいつまでも、今になっても、まるで停泊中の船の碇のようにそこに重く沈んで留まっているようだった。
同時に、あの兄殿下と概ね同じ行為を、自分も瀬那にしたかと思うと、ふつふつと羞恥心が沸いてきて、その事実に無意識に独り身じろぎした。
まるで思考の行き先が定まらない。
その日暮らしの万屋を続けてきた中では、人には話せないような黒い仕事だってあったけれど、こんな感覚は初めてだった。
それに瀬那はああやって明るく振る舞っていたけれど、怪我をした現場に居合わせた者としては、まだあの部屋で安静に過ごして薬室長や俺が世話をしながら治療に集中していたほうが良かったように思う。
そう思ったところで、兄殿下の決定を自分にはどうすることもできないのだけれど。
(あー、やめやめ。…考えても仕方ないことは悩まないに限る。)
思考の逡巡にブレーキをかけたとき、近くの木でクロウタドリがキイキイと盛んに鳴きはじめた。綺麗な囀りだが、威嚇の意味合いも込められているような声色だった。