第8章 花咲く蒲公英とクロウタドリ
薬室へと向かうために、外を歩いていると肩の傷が痛んだ。
――君が思っているよりも、傷は深い。
(ガラク先生も言っていたけど…本当に参ったな。)
先日の一件で、イザナに薬室の私の部屋から城に連れ戻されたものの、一日に一度は傷を診せに薬室へ来るようにガラク先生から言われていた。
――怪我が治るまでの間、瀬那は城内にいること。
私はイザナに騎士の衣装を取り上げられていた。
代わりに、侍女たちの着ている服、そう、いわゆるメイド服を着せられていた。勝手に武術の稽古事をしないようにとの牽制も込められているのだろう。
――瀬那の仕事は怪我を治すこと。
そう言ったきり彼は書類仕事に忙殺されている。
(まったく、イザナは過保護すぎる。)
とはいえ折角だからと、髪は緩めの三つ編みにして、綺麗に光るように雫型にカットされた薄紫色の水晶のついた髪飾りをつけた。
こういうスカート姿も嫌いなわけではないけれど、安静が必要な人に武器は不要と、いつも身に付けていた短剣と苦無は取り上げられてしまって、いつもの金属の重さがないというのは、体の重心が変わるようで漠然とした心許無さを感じていた。
足元にふわふわとした布の感触を感じながら、薬室へと向かっていると、蒲公英の生い茂った庭園の隅でただ空を仰ぐ少年がいた。
彼はウィスタル城で薬剤師を勤めるリュウだ。丸くてかわいいターコイズの瞳はいつも植物を映している。リュウの薬草への知識は幅広くてとても的確で、一緒に植物を眺めていると色々な薬草、様々な薬効の話を教えてくれる。
今や、ガラク先生の弟子の最年少薬剤師として有名だけれど、私にとっては数少ない友人の一人だ。
空を仰ぐリュウを呼んだが一向に返事がない。
少し驚かせてやろうとそっと背後から近づいていたら、私が驚かす前に急に声を出すものだから、こっちが驚かされることになった。空を仰いでいた理由を尋ねると、せっかく集めていたたんぽぽの入った瓶を黒い鳥に奪われてしまったということだった。
ターコイズブルーの瞳には、その黒い鳥が悠々と空を舞い、一際高い木の上方に降り立ったところが映っていた。
「…また摘めばいい。」
というセリフにはその言葉とは裏腹に、落胆の色が含まれていて、だったら取り返しに行こうと彼の手を引いて、あの黒い鳥が降り立った場所へと向かった。