第8章 花咲く蒲公英とクロウタドリ
呆然として空を仰ぐと、羽の主の黒い鳥がばさばさと飛んでいく姿が目に入った。
(……さっきの。)
午後の日差しが眩しくて、目を細めたとき、その黒い鳥の下の方が、キラリと光ったことに気づいた。
「あっ!」
思わず声に出た。
すると、うわっという声と共に背中に人の気配を感じる。背中からふわっとたんぽぽにでも包まれたような感じがした。
『もう、びっくりさせないでよ!』
びっくりしたのは僕のほうだ。
『リュウ。何を見てたの?』
ぎゅうっと抱き締められた。
背後の人物には気づいたけれど、驚きすぎたせいで声が出なかった。
『もう!いくら呼んでも全然気づいてくれないんだから。』
ふり返ると、綺麗な菫色の目をした瀬那さんだった。
普段は一つに纏められている髪は、今日は緩めの編み込みが施されていて、女の子って感じの雰囲気だ。
しかも、襟元にリボンのついたブラウスに、丈の長いふわりとしたスカート、フリルのついたエプロン姿で、お伽噺に出てきそうなメイドさん姿だった。
「その恰好、珍しいね。」
『うん。今は、お城の中のお仕事なの。』
―――ざぁぁぁぁっっ。
音をたてて風が駆け抜けていった。
白く綿毛をつけたたんぽぽたちが一斉に地面から飛び立った。
瀬那さんのスカートが風で膨らんだ。
金色の髪房を手でそっと押さえている横顔に目を奪われる。
「…きれい。」
『うん。雪みたいね。』
ふわっと笑う瀬那さんは、まるでたんぽぽみたいだ。
『あんなふうに風にのってどこまでも行ってみたい。』
なんてね。そう、茶化すように言った瞳はなんだか寂しそうで、ふわっとどこかへ飛んでいってしまいそうだと思った。
なんだか心臓の音が近くに聞こえた。
『リュウは、たんぽぽを摘んでたの?』
「うん。…なんでわかったの?」
『リュウの手と爪に茶色くなってたから。それに、たんぽぽ茶はガラク先生が好きでしょ。』
と人差し指を口元に当てながら、内緒話をするように言った。
たんぽぽを摘むと茎から白い乳液が出る。
それが空気に触れて茶色く変色するのを瀬那さんは覚えていた。
けれど、さっきまで摘んでいたたんぽぽは瓶ごと黒い鳥に奪われてしまった。
そう瀬那さんに伝えると、にっこりと微笑んだ。
『取り返しにいこっか。』