第5章 嘘つきたちの再会
主の部屋を後にした俺は、雨の中をまっすぐに部屋に戻った。
そして浴室へと直行し、肌に纏わりついていた水を含んだ冷たい布を引き剝がして、少し熱めのシャワーを浴びた。
雨と汗を洗い流してから、
ふかふかのタオルで体の温かい水滴を拭き取れば、
「あー、さっぱりした。」
自然と声が出た。
乾いた服に着替え、ベットの上に仰向けに身を投げる。
それにしても、びっくりした。
主に呼ばれて、部屋に入れば、
まさか、そこに数日前に強盗団に襲われた飲食店のウエイターをしていた、少年、いや、少年の格好をしたトーマと名乗る女がいたのだ。
あの日の、血にまみれて、毒に侵され魘された、色白の肌が、艶めかしい姿が頭をよぎれば、心拍数が嫌でも上がる。
「っ。あー、なんなんだ。意味わかんねぇ。」
しかも、彼女は、主には「兄上」と呼ばれていて、
平然と、初対面のごとく瀬那と名乗ったのだ。
腕を上げ、顔の前に手を持ってくる。
あの日の夜、彼女に握られていた右手首には、まだうっすらと鬱血の跡が残っていた。
「瀬那か…。」
そういえば、彼女は去り際に『またね』といっていた。
俺が、主に、城に仕えていることを知っていたのだろうか…
一度も顔を合わせたことがないけれど。
思考を逡巡させていても、わからないことばかりだ。
考えてもわからないことに悶々としても仕方がない。
そういえば、城に戻ってきたことを、まだ赤髪のお嬢さんに知らせていなかった。
りんごのような赤い髪に、エメラルドグリーンの瞳の、主から護衛役を頼まれている、白雪という名の薬剤師だ。
主が信頼を置く、特別な友人。
―――友人というよりは、いずれ恋人になるだろう人。だ。
胸に、ちくりとした痛み。
それには気づかないふりをした。
「はぁ。」
お嬢さんには主が一番だ。
わかっているが……ため息が出た。
右手首の鬱血を一瞥し、曇天で時間が読み取り辛い空色だが、夕暮れまではまだ時間がある。
今日のうちに一度、薬室へ顔を出して、帰還を報告しよう。
それに、青白い顔をした瀬那も気になる。
しばらくは安静が必要な怪我を負っているはずだ。
濡れていない別の上着を引っ張り出して、袖を通し、部屋を出た。