第1章 黒尾夢
「どうぞ。うち来るの久々でしょ」
『クリスマスの時に来た以来だな。お邪魔しまーす・・・・って、誰もいねぇの?』
「うん、今日は2人とも仕事で帰ってこないよ」
『そっか。んじゃま、遠慮無く』
部屋に着くと、ドカっと足を崩して座り、ネクタイを緩める。
『何かさ、女子の匂いって感じでいいねぇ』
そう言われて、ドキッした。
ネクタイを緩めリラックスしている黒尾に男を意識したのと、女子として扱われた事の照れが混ざっていく。
何となく変な空気になったのを察してか
黒尾が続けて質問して来た。
『加菜ってさ、何で俺と付き合ってんの?』
あまり見ない、黒尾の真顔。
目も口も笑ってない、真剣な表情。
この表情の黒尾は、本気の時。
部屋に沈黙が流れる。
『黙ってちゃわかんねーじゃん。俺といる時の加菜ってさ、何かつまんなそーなんだけど、嫌なら無理に付き合ってくれなくていいぜ?』
静かな部屋に、自分の心臓の音だけが聞こえる。
今この部屋の空気から伝わる緊張感と、これからどうなるんだろうという不安と、別れたくないという恐怖とで、気持ちがいっぱいになる。
何か言いたいのに、何て言ったらいいかわかんない。
言葉が見つからない。
少しの沈黙のあと
「いや、別に無理してない・・・」
そう言うのが精一杯だった。
『あのねぇ・・・』
ため息交じりに黒尾が話す。
『気ィ遣ってくれてんなら、余計なお世話だぜ?俺、こう見えて結構モテるから』
ハハっと乾いた笑い声が部屋に響く。
改めてあぐらをかき直した脚に右肘を乗せて、頬杖をつきながら話を続ける。
『こないだもさ、他校の女子から告白されてさ。彼女いるからって断ったんだけどー・・・』
クロの口から聞く、他の女子の話。
胸の奥が痛い。
なんだろう、この感覚。
黒尾の声は聞こえるけど、もうそれどころじゃなくて。
体がただの置物になったみたいに、言葉がただの音になって、何も頭に入ってこない。
もう終わりなの?
付き合えて、本当は嬉しくて、ずっと好きだったって本音も言えないまま?
このまま、勘違いされたままで終わるの?