第4章 月島夢 後編
蛍からの視線が恥ずかしくなって視線をそらす。
期待しているのを見透かされている気がした。
すると、スッと近づいてきて、唇に触れた。
触れるだけのキス。
そして、すぐに元いた場所へ戻る。
『さっさと食べなよ』
落ち着いた口調で、でも目は合わせないまま、何事も無かった様にケーキを促す。
いつもそう。
優しいけど、蛍は私に、キス以上の事をして来ない。
そして、キスをした後、目を合わせない。
言葉では含みを持たせた言い方をするけど、実際にはそんなことしない。
付き合ってるって事は、好き・・・なんだよね?
大事にしてくれてる・・・?
家では優しい蛍。
でもそれは、家の中だけ。
学校では、今まで通り。
“私といる”から優しいんじゃなくて、“家だから”優しい
気が許せる場所だから優しい
もし、そうだったら・・・・
期待と不安の両方があったけど、どちらかと言えば、不安の方が少しだけ大きかった。
そんなある日。
いつもの様に、放課後の体育館へバレー部の練習を見に行った。
付き合い始めてからは、たまに覗きに行く程度になっていたバレー部見学。
“10分位のぞいたら帰ろう”
そう思いながら、体育館へ続く廊下を歩いていると
『お前、バレー好きなのか?』
聞きなれない声がして、振り返った。
そこには、となりのクラスの影山君。
声を掛けられるなんて思ってもいなかった私は、あからさまに驚いてじっと見つめたままになっってしまった。
『悪ィ、驚かせちまって』
バツが悪そうに視線を外した。
「あ、いや・・・こちらこそ・・・」
お互い微妙な空気が流れる。
さっき、なんて話しかけられたんだっけ・・・
何か会話しないと、空気が重い
言葉を探してみるけれど、クラスも違う彼と共通の話題も見つかるわけもなく、何となく重たい空気が流れた。
『・・加菜?』
体育館側から、小さく声がした。
振り返ると、そこには制服姿のまま、驚いた表情の月島が立っていた。
「蛍!」
つい、家で呼んでいる名前呼びが口から飛び出る。
この微妙な空気をどうしたらいいかわからないまま立ち尽くしていた私にとって、彼の登場はとてもありがたいものだった。