第262章 ---.届かぬ月よ
それは 雨でも降りそうな昼下がりだった
「ここは…….」
見慣れないあばら家
吹く隙間風
軋む縄の音と 腕に食い込むような鈍い痛みに 白哉は視線を向ける。
(何が起きている……?)
体に巻きつけられた 太い縄。
扉の先から漏れる 橙の光へと 芋虫のように這って近づく。
「………………き……………だ…………」
「れ…らく……………ろう」
(なんだ?よく聞き取れない……)
扉に耳をピタリと付け 聞き耳をたてる。
「これで朽木も 我々に大きな顔はできんくなるだろう」
「恩を売り我が娘をあてがえば……我々も大貴族の仲間入り」
「使用した賊どもは処分しても?」
その声に 白哉は自身の身に何が起きているのか理解し その上で迅速に行動した。
(縄抜けなら 文書で読んだことがある。この程度なら…….)
後ろ手にキツく固定された親指を 何度も動かす。
しかし一向に緩まないその縄に 白哉は疑問を抱くと 唐突に襖が開き彼を攫ったと見られる人物が 満面の笑みを浮かべその目を向けた。
「おや、お目覚めですか、白哉様。覚えていらっしゃいますか?」
「ここはどこだ!」
「落ち着きくださいませ白哉様。貴方様が賊に攫われそうになったところを 我々鳥居家の者が助けたのですよ」
「嘘をつくな!」
大声が室内に響く。
しかし男は 眉ひとつ動かさず真実であるとはっきり告げた。
「嘘ではございませんよ」
「ならば 先程の会話は何だというのだ!!賊を雇い 四大貴族であるこの朽木白哉を攫うように指示した外道が!!」
その言葉に 男の目が見開かれる。
「………聞かれてしまいましたか」
すると 男の懐から 短刀が抜かれた。
「四大貴族である朽木家の倅 朽木白哉は賊に攫われる。それを救出に向かった頃には 既に朽木白哉の命は無くなっていた。ということにでもしましょう」
どちらにせよ 我々が救出に向かい 仇をとったということで片付けられる。
そう男は笑みを浮かべた次の瞬間
その男の首が 床へと転がり落ちた。