第35章 【水の精霊ウィンディーネ】
「 水底に眠る 清廉の乙女よ 」
クリスが詠唱を始めると、両手に握る杖の先から光があふれ出した。禁じられた森の時に見た薄ぼんやりした光とは違う、はっきりとした強い光だ。そればかりではない。クリスの足元には、見たこともない魔法陣が透き通った青い光を伴いクリスの体を包み込んでいる。
それはとても現実とは思えない、幻想的な光景だった。
「 古より伝わりし 血の盟約において汝に命ず 」
詠唱するごとに、クリスは全身に巡る血が逆流するような、それでいて内側から沸き立つような熱を感じていた。きっとその熱こそ、己の血と、杖を介して、精霊が降臨しようとしている証だ。心臓が大きく鼓動し、六感の全てが極限まで高められてゆくような気さえする。自分ではない別の力が、身体の中に入り込んできているのがハッキリと分かる。
クリスは震える杖をグッと握り締めた。
(ハリーを、友達を助けたいんだ。どうか力を貸して欲しい……!)
ドックン……と、心臓が一度大きく脈打つ。躯の奥から熱い塊が込み上げ、クリスの胸の鼓動と杖の鼓動がひとつに重なった。クリスは胸の奥から溢れ出す力の源に命じた。
「 ――出でよ、ウィンディーネ! 」
途端に目も開けていられないほど眩い光が、杖と魔方陣の両方から発せられた。堪らずクリス達は目を瞑り、部屋中に溢れた光が静まるのを待った。そして瞼を刺す光りが弱まり、クリスが瞳を開けてみると――そこには精霊・ウィンディーネの姿があった。
「これが……水の精霊、ウィンディーネ」
「凄いわ、私、精霊をこの目で見るなんて生まれて初めてよ!」
「本当にスゴイや!やったな、クリス!!」
「あ、ああ……」
召喚術が成功したと言う感動よりも、クリスはその姿に目を奪われていた。湖の底のように蒼くなめらかな肌に、流水のようにきらめく青い髪。人魚のひれを思わせる緩やかなローブを纏い、手には黄金に輝く三叉の矛を持っている。
まるで水中を漂うように浮かんでいるウィンディーネが、その深海の瞳を三日月型に曲げ、クリスに向かって語りかけるように微笑んだ。
「ああ……分かった、ハリーを助けに行こう!」