第35章 【水の精霊ウィンディーネ】
ピクリとも動かないロンを、白のクイーンが盤外に投げ捨てた。死んでない、ロンが死ぬわけない。きっと気絶しているだけだ。クリスはそう自分に言い聞かせ、なんとか自分の持ち場に踏みとどまった。そしてハリーも、ロンの元に駆け寄りたい気持ちを必死で押さえ込み、白い大理石で出来たキングに歩み寄った。
「これで、チェック・メイトだ」
白のキングが、ハリーの足元に己の冠を捧げた。盤上に残っていた数少ない駒も、一斉に整列をして奥へ続く扉への道をあけた。勝った、これで次に進められる。しかし……クリスは打ち壊された駒と同じように盤外に転がるロンを振り返った。
「……ハリー、先に行っててくれ」
「クリス!」
ハリーが驚いた声を上げた。ここに留まっていたら、ロンの期待を裏切る事になる。しかしクリスには、どうしてもロンをここに置いたまま先に進むなんて事はできなかった。
「ロンの無事を確かめたら、私も2人の後を追う。悪いがそれまで2人だけでスネイプを引き止めていてほしい」
「待って、それなら私が残るわ。そうすればロンを助けたあと例の鍵の部屋まで戻って、箒に乗ってフラッフィーの部屋まで戻れる。それでダンブルドアに手紙を送れば――」
「駄目だ。ここから先はスネイプとダンブルドアの仕掛けた罠が残っているんだ。……悔しいけど、私よりハーマイオニーのほうが役に立つ」
全てにおいて、クリスよりハーマイオニーの頭脳の方が勝っているのは周知の事実だ。それに残る関門はスネイプとダンブルドア。きっと一筋縄ではいかせてもらえない。それならより役に立つ方を連れて行くのは当たり前の選択だ。
「2人とも時間がないんだ。さあ、早く」
「クリス、無理に僕らを追ってこなくていいから。ロンとここで待っていてくれ」
「ありがとう……2人の幸運を祈っているよ」
名残惜しそうなハーマイオニーを連れ、ハリーが扉に向かって駆け出した。それを見届け、クリスも巨大チェス盤から降りた、その時だった。
たった今ハリーとハーマイオニーが通り抜けた扉が、見たこともない紫色の炎に包まれ一気に炎上した。クリスは全身に鳥肌が立った。