第32章 【禁じられた森で見たもの】
ベインと呼ばれていたケンタウロスは、かなり気が立っているようだった。何がそんなに憎いのは知らないが、とにかく今の彼にはどんな言い訳も通じないだろう。クリスは賭けに出た。
「では真理を見抜くケンタウロスよ。私が言ったことが戯言かどうか、罪があるかどうかは私のこの眼を見て判断して頂こうか」
こういう相手に対しては、下手に口を出さないほうが懸命だ。それに同じような手を何度かチャンドラー相手に使ったことがあるから、要領は分かっている。とにかく目をそらしたらお仕舞いだ。クリスはベインの瞳を、真正面からジッと見つめた。
それからどれくらい時間が経っただろうか。見つ合う2人の間に、突然赤髪のケンタウロスが割り込んだ。
「紅い瞳……紅い星か――。いいでしょう。我々にも、仔馬の罪を許す寛容さはあります」
「ロナン、君まで人間に味方するつもりか!」
「無闇に人を裁くのが我々の使命ではありませんよ、ベイン。行きましょう」
2匹が去ったのを見届けると、クリスは一気に気が抜けてその場に座り込んだ。襲われたらどうしようかと思っていたが、どうやらハッタリが上手くいってくれたようだ。
「大丈夫か、クリス?」
「ああ、なんとか。早くこんな所から出よう」
ドラコの手を取って立ち上がると、2人はまた他のケンタウロスが出て来ない内に歩き始めた。道なき森の中でも、クリスの抜群の方向感覚が出口へと導いてくれる。暗い森の奥は寒く、繋いだ手も冷たかったが、どちらともない汗でじんわりと湿っていた。
「なあクリス、ユニコーンのところにいたアイツ……いったいなんだったと思う?」
「知らないよ、私にそんな事言われても」
「ゴーストかディメンターの類かと思ったけど、アイツは宙を飛ばずに地面を這っていた。……それにどうして君とポッターだけが苦しみだしたのかも分からない。僕もあのフィレンツェとかいうケンタウロスも無事だったのに」
ドラコの疑問に、クリスは答えることが出来なかった。あの「影のような者の正体は勿論、どうしてハリーの傷が痛み出す時に、クリスの痣も一緒に疼くのか分からない。だいたいこの痣について、父から詳しい事は何も知らされていないのだ。