第3章 【炎の未来(さき)へ】
約一ヶ月ぶりの対面だと言うのに、まるで何事もなかったかのように話しかけてくる父親に、クリスはむっつり黙って深くいすに身を沈めた。そもそも事の発端である父がこうも平然としているのが気に入らない。
返事も返さず、しかめっ面のクリスに対し、クラウスはたしなめる様子もなく席に着いた。テーブルに着く親子2人に会話はなく、チャンドラーが厨房で朝支度をする音が聞こえてくるばかりで、食堂の方はいたって静かだ。
クラウスはチャンドラーの淹れてくれた紅茶を一口飲むと、改めてクリスに話しかけてきた。
「今日からホグワーツだな、クリス。もう支度は整っているのか?」
「ええ」
「ならば良い。列車の乗り込み口は9と10番線の柵の間をくぐればよい。駅はマグルだらけだ、くれぐれも気付かれぬようにな」
「ご忠告、どうも」
普段からあまり会話の多い仲ではないが、これは流石のクリスでも可愛げのない返答だと思った。とてもじゃないが、これから1年間離れて暮らす親子の会話とは思えない。
だが父を目の前にすると、どうしても苛立ちのほうが先立ってしまうのはどうしようもないことだった。居た堪れなくなったクリスはまるで逃げるように席を立った。
「もう行くのか?」
「出来るだけ早く行きたいので。チャンドラー、何か適当に食べ物を包んでくれ」
「ええっ!!もうご出立なさるのですか!?いくらなんでも早すぎますぞ」
「膳は急げ、だ。早くしろよ」
心にも無い適当な言葉を言い残すと、クリスはさっさと自分の部屋へと引き上げた。居心地が悪いのは今に始まった事じゃないが、婚約の話を聞いてからは余計に父の事が判らなくなった。本当に娘よりも家のほうが大事だというのか。
「ああ、もうっ!イライラする!」
怒りに任せ、壁を蹴飛ばした。朝の不機嫌に加え、父との微妙な距離感が余計に怒りをあおる。普段なら時間がたてば勝手にクリスの怒りも冷め、自然と元の関係に収まるのだが、今回ばかりはそうもいかない。しかし、このまま1年間もわだかまりを残したままでいるのもスッキリしない。
ふと鏡に映った自分に目を止めると、クリスはその顔を凝視した。父譲りの艶と品がある顔立ち。流石に瓜二つとまではいかないが、独特の憂いを含んだ表情はよく似ている。違うのは眼だけだ。