第2章 【大切な話し】
【――生き残った男の子―― ハリー・ポッター】
クリスは本に書かれた人の名前を呟きながら、そっと指先で文字をなぞった。
「ハリー・ポッター……ハリー・ポッター」
クリスは落ち込んだとき、何か嫌なことがあったときは、いつもこうやってハリー・ポッターのことを考えながらその名前をつぶやいている。
ハリー・ポッターとは、今から10年前の暗黒時代の支配者『ヴォルデモート』を打ち滅ぼした英雄だ。その知名度は老若男女問わず全世界の人に知れ渡り、子供なら誰でも憧れる人物である。
『名前を言ってはいけないあの人』とまで恐れられたヴォルデモートに命を狙われることは、当時は即ち死を意味していた。だがくしくも自分と同い年の男の子は額に稲妻型の傷を一つ負っただけで生き残り、逆にヴォルデモートを倒してしまったという。まさに奇跡のヒーローだ。
マグルの子供達がスーパーマンやおとぎ話のシンデレラに憧れるように、魔法界の子供達は皆、ハリー・ポッターの名前を聞きながら育ち、そして憧れた。もちろんクリスも例外ではなく、ハリー・ポッターのことが載っている本は漏れなく買い集め、その全てをページがヨレヨレになるまで読み返した。それほどまでにハリー・ポッターのその不思議な力と生き様に憧れ、そして自分の中で一番の英雄として崇めているのだ。
だが、クリスがハリーに入れ込んでいる理由は、それだけではない。
【――そして現在、ハリー・ポッターはマグルである母方の叔母の下で暮らしている。――】
つつっと指を動かしてその一文をなぞると、クリスは思わず口元を緩ませた。クリスがここまでハリー・ポッターに憧れている要因の一つが、この一文に記されている。
そう、マグル大好きのクリスにとってこの「マグル育ち」というのが、とてつもなく魅力的だった。
もしかしたらハリー・ポッターがマグル育ちだからこそ、クリスもここまでマグル好きになったのかもしれないし、その逆かもしれない。だがそんな事はどうでもいい。重要なのはハリー・ポッターが「マグル育ち」で、クリスの倦厭するカチコチの「純血主義とは違う」と言う事だ。