第3章 磨励自彊ー2日目ー
「すげえ音したけど大丈夫か?」
「及川、何してんの?」
私がボトルを散乱させてしまったのが体育館まで聞こえていたらしい。中に居た部員たちだろうか、一君や一静君達の声が聞こえた。
しかし体育館からは徹君の背中だけが見えているらしく、当然徹君の腕の中にいる私は気付かれなかった。
「クソ川またてめぇは…!」
「違っ、違うのみんな待った!」
「え、京香さん…?」
数人が階段を下りてくる音と共に一君の怒ってるような声が聞こえて、私のせいで徹君が怒られると思えば慌てて声を出す。徹君が離してくれない為、その場から動けないのだが。
「私が一気にみんなのボトルを持って行こうとして、階段から転げ落ちそうになって徹君が助けてくれたの。だからボトルひっくり返したのは私。徹君は違うの」
「階段からって…怪我は!」
「だ、大丈夫!私はどこも怪我してない。ごめんね心配かけて」
状況を説明すると、途端に心配そうな声を出した貴大君。
今の私の視界全てが徹君のTシャツに支配されている為、表情は伺えないが安心してくれたようだ。
ちょっと、いつまでも抱き締められていて恥ずかしくなってきたんだけど…
試しに胸を軽く押してみるもののビクともしない。
「徹君、落ち着いた?私そろそろボトル拾って準備しないと…」
「…やだ」
「…やだじゃねえだろクソ川!いい加減京香さん離せ!」
「痛っ…何すんの岩ちゃん!」
結局一君の拳骨によって徹君から解放された。
あ、空気がいっぱい吸えるって素晴らしい…!
頭を押さえてしゃがみ込んでる徹君に、いま一度お礼を言えばボトルを拾いに階段を駆け下りた。
「あ!京香ちゃん無茶しないって約束したばっかなのに!ほらお前たちも手伝う!京香ちゃんは大事なマネちゃんなんだからね!」
「うっせぇ、言われなくても大事に思ってんのは俺も同じだ。よくやった及川」
「岩泉がデレた…!」
「デレてねえよ!ほらとっとと拾って練習するぞ!」
なんて会話が繰り広げられていたことなんて知らず、ボトルを綺麗に洗って籠に入れ直していたら、その籠は一君と一静君が持ってくれて。
私はというと、過保護な程の徹君と貴大君に囲まれて体育館に戻ったのであった。
このちょっとした事件のせいで、だいぶ遅れて午前の練習が始まった。