第7章 一寸光陰 ーoikawaー
「じゃあ、お願いします」
「え、良いの?」
徹君の顔を見たら結構ですなんて言えるわけもなくて、私が係員さんにそう言えば驚いたようにこっちを向いた彼。「特別だよ」なんて冗談交じりに言えば、「俺みんなに自慢する!」なんて喜んでくれて。
「このぬいぐるみでハート作りましょうか」
係員さんが渡してくれたのはピンクとブルーのイルカのぬいぐるみ。恐らく水族館の売店には大抵売っているようなそれ。
完全にカップルだと思われたのだろう、こんな感じで、とニコニコしている係員さんからの指示はイルカの口を合わせてハートを作って写真を撮ろうというもので。
恥ずかしさに顔が熱くなる。チラッと徹君を覗き見てみれば照れくさそうにはにかんでいる。
「徹君、流石に恥ずかしい…」
「俺はそれで写真撮りたい。京香ちゃん手離しちゃダメだからね」
「ええっ…」
違うものにしてもらおうと提案したかったのだが、ギュッと指を絡めている彼の力が強くなって離れるに離れられなくなる。
「では撮りますねー。もう少し近づきましょうか…そうですね!いきまーす」
近付いてと言われて動けば、徹君と肩が触れ合う。
一気に私の中で緊張が高まり、鼓動が早くなる。
…もう覚悟を決めるしかないらしい。
笑顔、笑顔!と心の中で言い聞かせてカメラへと視線を向ける。
カシャッとシャッターの切る音が聞こえれば、それをきっかけに緊張が解れていくのがわかった。笑顔が引きつってなかっただろうかと心配になるも、写真を確認した係員さんが何度か頷いているので大丈夫なのだろう。
「じゃあこれ、出口のところに現像して置いておきますので。宜しかったらどうぞ」
にこやかな笑顔で引換券を差し出してくれたので、頷いて受け取る。
ごゆっくり、と微笑んで係員さんは次のお客さんの元へと行ってしまった。
「ああいう写真撮ったの初めてだから緊張しちゃった」
「え?そうなの?てっきり京香ちゃん慣れてるのかと」
「まさか!確か写真って貼りだされるじゃない?あれが恥ずかしくてどうも苦手で遠慮することが多くて…今日は特別だって言ったでしょ」
「どうしよう、すっごい嬉しいんだけど…」
手を繋いだままゆっくりと歩き出す。周りの水槽を見ながらだったので気づかなかったのだが、口元に手を当てた徹君の顔は赤く染まっていたのだった。