第7章 一寸光陰 ーoikawaー
引き寄せられたことで徹君との距離が近くなる。目の前には彼の胸。顔を上げれば至近距離で、変に意識してしまう。
「わ、私チケット買ってくる」
「チケットならもう買ってあるから大丈夫。はい京香ちゃんの分」
「えっ…」
「言ったでしょ?俺が全部出すからって…」
チケットを2枚ヒラヒラとさせた徹君は、私の手を引いて入り口の方へ。まさか水族館のチケットを予め買われていたなんて…
流石、とも言うべきか。こういうことをサラッとやってしまうなんて、デート慣れしてるなあと思わず感心してしまう。
「ほらほら行くべー」
珍しく訛った徹君にクスクス笑ってしまえば、彼の頬が膨らんだ。
「笑わないでよ!俺だって宮城県人!訛る時は訛るの!」
「ふふ、ごめん。徹君は訛らないように意識してるかと思ってた」
「んー、少しは意識してるけどさー」
2枚のチケットを係員に渡せば中に入る。それなりに人は居るけれど、混雑しているまでとはいかずゆっくりと見て回れそうだ。
「自然な徹君が一番だよ。わあ…綺麗な色!」
ニコリと微笑み歩けば、小さなスロープを下りた先には大きめの水槽。中には熱帯魚だろうか、色とりどりの小さな魚が泳いでいる。
少しボーッとしているような徹君。本当は水族館好きじゃないのかな、と不安になる。
「徹君…?」
「え?あ、ごめん。京香ちゃんの言葉が余りにも嬉しくて…」
「ん?大丈夫?」
「何でもない!大丈夫。あ、京香ちゃん見て見て!ニモ!」
徹君の声が小さくて聞き取れなかったけれど、すぐに笑顔になって私の手を引いた彼を見れば、無理に楽しんでいるような様子もないので安心する。
「本当だ、カクレクマノミ…だっけ?可愛い…!」
「こっちのは目付き鋭い!岩ちゃんみたい!」
「ふはっ、本当だ一君みたい。その魚に追われてるのは徹君じゃない?」
「え、あの逃げ回ってるの俺ー?」
「うんうん2人そっくり。あははっ」
「ちょっと、岩ちゃん俺を虐めないで!」
魚を指差しながら徹君と笑い合っていると、後ろから声を掛けられて振り返る。
「今、ご来場のお客様の写真撮っていまして…一枚如何ですか?」
そこには係員の腕章を付けた男性がカメラを持っていて。
どうする?と徹君を見上げてみれば、嬉しそうに顔が綻んでいた。