第6章 緊褌一番ー5日目ー
歩みが止まったのは第一体育館の奥の方。
置いてきてしまった彼らは、一君や大地君が居たから大丈夫だろう。一君が険しい顔して謝る姿が脳裏に浮かんでくる。
「はぁ…京香ちゃんに何もなくて本当良かった」
「と、徹君みんな見てっ…」
「見せつける為にやってんの。京香ちゃんは俺のだって…ねえ、烏野なんてやめてこっちおいでよ。俺たちが全国に連れて行くから…頂きの景色、見せてあげるから…
俺たちの…ううん、俺の傍に居てよ…」
クルッと振り返った徹君は、掴んだままの私の腕を自分の方へ引き寄せれば抱き締めた。慌てて離れようとするが逆効果だったようで、彼の力が少し強くなった。
項垂れるようにわたしの肩へと頭を乗せ、耳元で喋る声は普段のおちゃらけたような声色ではなく、切なさや焦りが混じっているようで。
ここ数日で徹君の様々な表情を見てきたけども、捨てられた仔犬のような、私に縋り付くようなそんな声に強く抱き締めてあげたくなった。
私が傍に居てあげる、と思わず口から零れそうになり慌てて飲み込む。
徹君の傍に居て欲しいという意味と、今思った私の意味とでは…違う。この言葉を零してしまえば彼を今以上に傷付ける。
そっと私の肩にある頭に手を伸ばして、ワックスで少し固くなっている髪を撫でてあげると、意図していることがわかったのかピクリとした。
「ごめん徹君。私は烏野のコーチとして見守りたい。徹君が私を必要としてくれているのは嬉しいよ、でも今の私はそれに応えてあげることが出来ないから…」
「もし、烏野よりもうちと早く出会っていたら、うちのコーチに来てくれた?」
「んー…確かに若利が認めてる徹君のことは気になっていたけど…多分、行かなかったんじゃないかな」
「そっか…烏野の魅力って何なの。やっぱ飛雄?」
「どっちかって言ったら翔陽君。初めて見たときにゾクってしたの。何かをやってくれそうな…」
「チビちゃんか…悔しいけどわかる気がする」
ゆっくりと顔を上げた徹君はいつもの表情に戻っていて。
「じゃあせめて、俺のコーチやってくれるよね?まだ威力もコントロールも全然うまくいかないんだよねー」
「うん!よーしサーブ練習しよう!」
私をゆっくりと離せば、その手をプラプラとさせながらボールを取りに行った徹君。私が笑顔で頷けば、徹君も微笑んでくれた。