第6章 緊褌一番ー5日目ー
「もう、貴大君と一静君。勝手に私の好みだとか、話進めないでくれるかな?」
「えー。何で楽しいのに」
「私は楽しくないです。金田一君はいい子だなって思っただけ。ほら自主練の時間だよ!」
「ちぇー」
未だに私の頭と肩に手を置いている2人に少しだけ怒れば、渋々退いて自主練へと向かってくれた。
「おい京香、ちょっといいか」
「はい?どうしました?」
「ちょっとな、青城に聞かれたくはねえから場所変えるぞ」
やっと2人から解放されて、少し早いけど昼食の準備しようかなと思ったのだが引き止められてしまった。
合宿最後の食事だから昨日のお礼も兼ねて気合い入れて作ろうかと思ったのに…私を呼び止めた烏養コーチの表情を見ると、潔子ちゃんたちに任せることになりそうだ。
私の返事を聞かぬまま何処かへ歩き出した烏養コーチ。
ついて行くしかないよなあと思えば、数歩後ろを歩く。
体育館を出れば、指導室のような小さめの部屋へ。
「入畑監督に頼んで貸してもらった。ここなら聞かれる心配もねえ」
「確かに、体育館からは死角のようですね。で、どうしたんですかこんなとこに来て」
「まあ座れ。…ピンチサーバーの件なんだけどよ」
「ピンチサーバー…忠君のことですか?」
「ん、まあそうなんだが…あいつIH予選で青城と当たった時失敗してんだわ」
私の向かいに座った烏養コーチ。顔の前で手を組んで話す様子は、烏養コーチにとっても苦い記憶のようで。
ガチガチに緊張して固まって、トスが乱れて失敗。
ピンチサーバーはサーブで乱してなんぼ、何点か取ることが出来て初めて存在意義となる。サーブだけは全ての視線を集める場面。緊張して当たり前だ。
「烏養コーチは今更何を悩んでます?忠君をピンチサーバーに起用することですか?」
「そりゃ悩むだろうが!」
「…忠君が身に付けた唯一の武器をコーチが奪うんですか?これで蛍君やみんなと一緒に戦えるって思っている希望を摘み取るんですか」
「……」
「烏養コーチが悩む理由もわかります。ピンチサーバー起用時は重要な場面が多いから…でも、彼なら大丈夫です。必ず立派なピンチサーバーになります」
「京香…」
「もう!コーチが選手を信じてあげられなくてどうするんですか!」
曇っていた烏養コーチの表情が少し晴れた気がした。