第4章 磨斧作針ー3日目ー
扉が開いた音に、ゆっくりと中の人物は此方に視線を向けた。サーブを打つ音がなくなれば彼の荒い呼吸だけが体育館に響いている。
「京香ちゃん、どうしたの?」いつもならそう笑いかけてくれる彼。しかし、私に興味なさそうにそらされた視線。またカゴからボールを取り出せば、一心不乱にサーブを打ち込んだ。
やはりおかしい。きっと彼は自分のこと追い込んでいる、私はそう確信した。何とかしなければという思いと、どうすればいいのかという戸惑いで自分の感情がわからなくなる。とりあえず待ってみよう、そう思えばノートを胸に抱えて隅の方に座って見つめる。
少しでも動きに異変があれば力づくでも練習を辞めさせる。今この大切な時期に無茶をして後悔して欲しくないから…
「……ねぇ、いい加減部屋戻ったら?風邪ひくよ」
お互いに無言のまま、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。ただ私はジッとサーブを打ち込んでいる彼…徹君の姿をただ見つめていた。肩に負担がかかっていないか、と集中して。
それに耐え切れなくなったのは徹君の方であったらしい。相変わらず口調は冷たく、此方を向いてはくれないものの、やっと私に向けて言葉を発してくれた。その中身は温かくて、思わず笑みが溢れた。
「私は平気。徹君こそ少し休んだら?ちょっと頑張り過ぎだよ」
「…俺は天才じゃないから」
「徹君は努力の天才だよ。でも、追い込むのは今じゃない」
キッと鋭い視線が私を貫く。普段の彼から想像も出来ないその表情に恐怖のあまり身体が固まる。
でもここで引き退ったら最悪、徹君からバレーを奪う結果となってしまうかもしれない。そんなことダメだ、彼は将来日本を背負う大切な選手になる。
徹君からバレーを奪ってはいけない、私が何とか守ってみせる。
「…てんだよ…」
徹君は、小さく何かを呟いたと思ったら顔を俯かせたまま此方へ向かってくる。表情は見えないものの、纏わせているオーラでわかる。怒りの感情だ。
私がその場から動けないままでいると、抱えていたノートを乱暴に取り上げて床に叩きつけ、感情のまま私の両手首を掴めば体育館の床に力任せに押え付けた。
油断していた私は、受身を取ることが出来ずに後頭部を強打。痛みに顔を歪めながらも、チラッと見えた徹君の瞳に光がないことに胸がキツく締め付けられる思いがした。