第4章 磨斧作針ー3日目ー
「おーい、清水居るかー?谷地さんが探してたぞー」
「澤村だ、私行ってくるね。京香さん落ち着くまでここに居たら?」
ふと体育館から聞こえてきた声。潔子ちゃんは立ち上がり体育館の方へ歩み出す。私も慌てて立ち上がれば、振り返って綺麗に笑うものだから素直に甘えようとまた階段に座った。
そのままボーッとしていると近付いてくる足音。何か忘れ物でもしたのかなと顔を上げれば思わず固まる。
「さっき、清水の奥で姿が見えて心配になったので…」
「大地君。…私そんな酷い顔してるかな?」
「目元が少し赤くなってます。俺たちのせい、ですよね」
「…否定は、出来ない」
「ははっ、素直でいいと思います」
軽く笑った大地君。近くに座ったのを視線だけで追った。いま烏野Aチームは休憩中らしい、そう教えてくれて少し安心した。
「さっきも清水に、これ以上京香さんのこと困らせないでって言われて…でもほっとけなくて」
「……」
私は何も言えなかった。心配掛けてごめん?ありがとう?いやいや、悩んでる原因は君たちだから。それを理解してくれている彼にはとてもそんなこと言えないが。
俺から言えたものじゃないですけど、そう大地君は前置きをしてから言葉を続けた。
「ゆっくり考えてくれたら良いです。今は全国に行くことだけを考えているので…俺たちが京香さんを全国に連れて行きます。だから代表決定戦まで、烏野のコーチで居てくれませんか」
「…ふふ、大地君そんな心配してたの?」
少し身構えてしまった私に投げかけられた言葉は意外なものだった。彼の中で、悩んだ私がコーチを辞めてしまうのではないかと考えたらしい。立ち上がったと思ったらがばりと下げられた頭、私が笑うと目をパチパチとさせた大地君が顔を上げた。
普段、大人びたような大らかな彼からは想像出来ないような表情。私が尚も笑うと恥ずかしくなったのか口元に手を当てて顔を逸らされた。短めの髪から覗く耳が真っ赤であることは見ないフリをしておこう。
「私コーチ辞めないよ。君たちの巣立ちをちゃんと見守る」
「…良かった」
「あぁ!大地さん抜け駆けはズルいっすよー!」
「西谷…!またお前はっ…」
体育館から夕君の声が聞こえれば、忽ちキャプテンの表情に戻った大地君。肩を叩けば練習しよ、と微笑んでから駆け出した。