第4章 紫陽花(三井)
「ヨシノ・・・覚えているか? 昔、お前は私に言った」
“大きくなったらパパのお嫁さんになる”
「どうしてだいと聞く私に、お前は可愛らしい笑顔でこう答えた」
“だって、そうしたら、笑ったパパの顔をずっと見ていられるから”
「私もお前の笑った顔をずっと見ていたい。そのためには、三井君が必要だ」
この病室のドアをノックする、少し前。
部屋の中からヨシノの笑い声が聞こえた。
「父親になるだけならさほど難しくはない。だが、父親であるということは、とても難しいものだな・・・お前が生まれてきてくれたから私は父親になることができたが、私はもう少しで一人娘を失うところだった」
自分に従わせていれば、ヨシノを幸せにできると傲慢な考えを持っていた。
いつしかヨシノの笑顔が消えていたことにすら気が付かず。
「私にとってヨシノはいつまでも大事な娘だ。たとえお前が“母親”となり、“祖母”となり、私が墓の中に入っても、お前はいつまでも私の娘だ」
「お父さん・・・」
「最低の父親とは、子供に感謝を要求する父親だろう。私は、お前と三井君に吐いた自分の暴言を恥ずかしく思う」
父は三井を見上げながら、微笑んだ。
それは、ヨシノが幼い頃に見た笑顔そのもの。
「三井君、どうか私を父と呼んではくれないだろうか。そして、私に父親としてあるべき姿を、これからも教えてもらいたい」
「モリスさ・・・いや、お、おとうさ」
「はは、無理しなくていい。君の呼びやすいように」
「じ・・・じゃあ・・・親父さん、でいいっすか?」
「ああ・・・新鮮だ。息子もいいものだなぁ、母さん」
父が三井と笑っている。
ほんの1時間前までは、絶望的にすら思えた光景だ。