第4章 紫陽花(三井)
“彼の家族の連絡先は知らないが、“婚約者”の連絡先ならば知っている”
「だから、私はヨシノの携帯番号を教えた。三井君の“婚約者”としてな」
その言葉の意味を理解するまでに、三井もヨシノも時間がかかった。
呆気に取られている二人の前で、父は両膝を折って座ると、床に手をつく。
「三井君、私は君を傷つけた。そのことを深く詫び、恥を承知で頼む」
“土下座をするとは情けない男だ”と言っていた父が、ひざまずき、額を床にすりつけている。
父のそのような姿はおそらく、誰も見たことがなかっただろう。
「どうか、ヨシノをもらってはくれないか」
すると、母も一歩前へ出て深く頭を下げた。
「モリス・・・さん・・・?」
あれほど頑固だった父が、自分の意見を曲げている。
あれほどプライドの高い父が、土下座をしている。
それは娘のヨシノすらも信じられない光景だった。
「お父さん・・・どうして・・・?」
「人の価値は、金で測れる。だが、金だけが人の価値を測る基準ではない」
酷い言葉を浴びせられても、
話に耳を傾けてもらえなくても、
三井は必死にヨシノへの想いを分かってもらおうとしていた。
その目に、父に対する憎しみの色はまったく無かった。
むしろ、彼を突き飛ばした父を庇い、責任は自分にあると繰り返した。
なんという若者か。
そんな三井が、肋骨を骨折し、頭部から出血しながら遠のく意識の中で繰り返していたのは、ヨシノの名。
彼は本当にヨシノを愛している。
自分の知る、どの青年よりも彼女を幸せにしてくれるだろう。