第4章 紫陽花(三井)
“売られたケンカは買う”三井が、こうして黙り込むということは、今はそんな気にすらならないのか、それとも諦めたのか。
普段とは様子が違う三井に、どうしようもなく不安になる。
「わかった・・・じゃあ、今日はいかない」
「わりー・・・ちょっとオレも頭冷やすわ」
何言っているの・・・
その顔を見れば、熱くなるどころか、頭が冷え切っていることぐらい分かる。
「三井・・・」
ヨシノは指輪が光る左手で、力無く垂れる三井の手を握った。
「電話・・・してよね。別れるのだけは嫌だよ」
「・・・ああ」
「私、三井のことが大事だからね。親よりも、誰よりも・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
泣きそうな顔で呟くヨシノ。
抱きしめてやりたいが、今はそれをしてはいけない。
三井は少し迷った挙句、背中を丸めてヨシノの額にキスをした。
「バーカ、泣くんじゃねーよ」
泣きてーのはオレなんだ。
潮風ってこんなに目に染みたっけ。
なんでヨシノの実家は海沿いなんかに建っているんだよ。
昔は、湘北の校門から真っ直ぐと海に向かって伸びる通学路がすごい好きだった。
赤木や木暮、宮城、桜木、流川達と並んで海を見ていると、全国の強豪を倒せるような強い気持ちになれた。
けど・・・
今は、たった一人の惚れた女すら幸せにできない自分の無力さが誇張されるようで、水平線に目を向けることができない。
「ごめん・・・」
最後は、謝罪の言葉。
それ以降は二人とも黙ったまま、少し距離をとりながら最寄り駅への道を歩いた。
それから一週間後。
ヨシノの携帯電話に北村総合病院から一本の電話が入った。