第4章 紫陽花(三井)
「三井・・・三井ってば!」
海沿いの道を一人でスタスタと歩く三井の足がとても速い。
こんな当たり前のことに今更気が付いたのは、いつも身長差があるヨシノに合わせ、歩くスピードを考えてくれていたということだ。
「待ってよ、先に行かないで!」
なんとか必死に手をのばし、ワイシャツの背中を掴んだ。
そこは汗でびっしょりと濡れていて、三井がどれだけ緊張を感じていたのかが分かり、悲しくなった。
すると、三井の長い脚が止まる。
「今日さ・・・ウチに泊まる約束だったけど・・・キャンセルしてくんね?」
「え?」
でも、腕によりをかけてご馳走を作ろうと、三井のアパートの小さな冷蔵庫には、たくさんの食材をつめてある。
婚約祝いとして二人で食べるはずだったケーキも買ってある。
それなのに・・・
「お父さんの言ったことなら、気にしないで! あんな人、私の父親じゃない!!」
「だから、そういうコトは言うなっつってんだろ」
「でも! 私は三井と結婚できるなら、親と縁切ってもいいと思っているんだからね!」
「それはダメだ!!」
じゃあ・・・どうするというの?
無かったことにするというの?
貴方が私のために選んでくれた指輪も、
貴方が寝ずに考えてくれたプロポーズの言葉も、
全部・・・全部、無かったことにするというの?
「おめーの親父が反対してる以上、オレは結婚するつもりはねーから」
「なにそれ・・・私の親がなんて言っていたって、三井のお母さんは賛成してくれてるんだから、私はそれでじゅうぶん幸せだよ」
「ちげーんだって・・・」
「何が違うの? ちゃんと言ってくれないと分からない!」
「・・・・・・・・・」
人目もはばからず大きな声をあげるヨシノから、三井は困ったように目を逸らした。