第4章 紫陽花(三井)
「三井君、昨日はどうもありがとう」
不良の堪り場となっている自転車置き場裏に行ったのは、その日が初めてだった。
数人の仲間達と輪になって漫画を読んでいた三井が、怪訝そうな顔でヨシノを見上げる。
その口元には、殴られたのか青アザがくっきりと浮かび上がっていた。
「・・・何だ、おめー」
一瞬、その目に怯んだ。
声をかけられたことが気に障ったのか、眉間にシワが寄っている。
とりあえず、謝礼だけでもしなくてはと思った。
「昨日、コンビニで絡まれていたのを助けてくれたでしょ。本当に助かった・・・ありがとう」
すると、三井は少し困ったような顔で長髪をかき上げた。
「こっちはケンカ相手を探してただけだ、礼を言われるようなコトじゃねーよ」
しかし、右手の拳にも擦り傷がたくさんある。
ヨシノを逃がした後、激しいケンカになったのは明らかだ。
警察沙汰になってもおかしくなかっただろう。
「制服のボタンが取れちゃってる・・・私が付け直してもいい?」
「あ? いらねーよ」
「でも、それくらいしかお礼できないし」
「なんだお前。お節介な女だな」
「・・・・・・・・・・・・」
ヨシノが黙っていると、青紫に腫れた三井の口元に笑みが浮かぶ。
「あそこのコンビニに溜まってんのはウチの学校だけじゃねー。ま、気を付けるんだな」
「三井君・・・」
「お前、まあまあ可愛いんだからよ」
一年の時、その言葉を人伝いに聞いた時は嫌悪感を覚えた。
でも、その時は違った。
「冗談はやめてよ」
正直、嬉しかった。
「バーカ。冗談でケガしてられっかよ」
スレた顔に満面の笑み。
不器用な優しさ。
そんな三井が、ものすごく素敵だと思った。