第4章 紫陽花(三井)
「モリスさん、この通りです。どうか、ヨシノさんとの結婚を許してください」
額を床にこすりつけるように、深々と頭を下げる三井。
まさか土下座されるとは思わず、父だけでなく、成り行きを見守っていた母も唖然としていた。
「オレの稼ぎが足りないというなら、掛け持ちでもなんでもします。絶対にヨシノに腹空かせるようなマネはしません。オレの全てをかけてコイツを幸せにします」
三井はとても負けず嫌いで、プライドの高い男だ。
それはヨシノが一番良く知っている。
その彼が、プライドを捨て、おのれの無力さを認め、そして懇願している。
これ以上ないほど三井の愛情と覚悟を知り、ヨシノは今にも泣き出したい感覚に陥った。
しかし、そんな娘の恋人を、父は冷ややかな目で見下ろす。
「土下座をするとは情けない男だ。お引き取り願おう」
なんと冷酷な言葉なのだろう。
これが本当に血のつながった人間から出たものなのか。
「お父さん! なんてことを・・・!」
「お前の結婚相手は、私が然るべき時に、然るべき男を探す。だから、三井君とのことは無かったことにしろ」
「私はお父さんがなんと言おうと、三井と一緒になる」
「それは許さんと言っている。その薬指にはめている安っぽい指輪も外せ!」
小学校に入った頃から少しずつ、両親はヨシノを思い通りにさせようとしてきた。
高校だって本当は私立の女子高に入れと言われていたが、わざと入試に落ちて、多くの友達が通う湘北に進んだのが精いっぱいの反抗だった。
でも、もうたくさん。
「自分の理想や価値観を押し付けないで」
ヨシノは汚物でも見るかのように、険しい顔の父を睨んでいた。
父も汚物でも見るかのように、娘の左手薬指に光る指輪を睨んでいた。
「お父さんは私が幸せになるのを許してくれないのね」
「ヨシノ、お前はまだ子どもだ。親の言うことをただ黙って聞いていればいい」
「もうたくさん! お父さんは人として間違っている!!」
三井のことを何も知らないで・・・
一度、道を外した彼がここまでくるのに、どれほどの努力が必要だったか・・・!