第4章 紫陽花(三井)
「失礼だが、君はどこの大学出身かな?」
「あの・・・残念ながら大学は・・・」
「では、高卒ということか」
「お父さん。大学に行っていないから、何だっていうの?」
父は口を挟んできたヨシノをギロリと睨むと、もう一度三井に向き直った。
「では、仕事は?」
「地元の工場で働いています」
高卒。
地元の工場。
いずれも、父にとっては軽蔑の対象だった。
「・・・悪いが、君とヨシノの結婚を許すわけにはいかん」
「モリスさん! お願いです、オレ達は真剣なんです!」
「知ったことではない。とにかく、君にヨシノをやるつもりはない」
「ちょっと待ってよ、お父さん!」
とうとう我慢が出来ず、ヨシノは前のめりになりながら父を睨みつけた。
「確かに三井は高卒で、お父さんの会社の人ほどはお給料をもらっていないかもしれない! でも、たかがそんなことぐらいで、なんで反対されなければならないの?」
「たかがそんなこと? それが人生を左右する大きなことだ」
「三井のこと、何も知らないくせに・・・高卒なのはバスケットに打ち込んでいたからで、地元の工場で働いているのは、定期的に湘北バスケ部のコーチを引き受けているからよ!」
「では、そのバスケ部のコーチとやらで、いくら稼げているというんだ」
「・・・・・・・・・」
全てをお金に結び付けようとする父に吐き気すら覚えた。
三井にはよく“金持ちのオジョーサマ”とからかわれるが、このような人間が稼いできたお金で育ってきたのかと思うと、自分自身が許せない。
「どうしてそうやって、人の価値をお金で測ろうとするの?」
「金で信用を測ることができる。三井寿という人間がどれほど信用できる男か分からんから、一番明白なもので測ろうとするのは当然だろう」
「お父さんの基準からいったら、三井のお給料は少ないかもしれない! けど、私だって働いているし、二人が生活していくには十分よ!」
「では、子どもができたらどうするつもりだ」
「だとしても───」
「ヨシノ」
父と娘の口論を、一番いたたまれない気持ちで聞いていたのは三井本人だろう。
身を乗り出して父に反抗しているヨシノの手を引いてソファーに座らせると、自分は絨毯の上に正座し、手をついた。