第4章 紫陽花(三井)
“大きくなったらパパのお嫁さんになる”
屈託のない笑顔。
父からの愛を少しも疑ず、一身に浴びていた。
いつからだろう、父の顔色を窺うようになったのは。
そして、いつからだろう。
父のそばにいるだけで、“息苦しい”と感じるようになったのは。
青い文様が美しいマイセンのティーカップに、焙煎したてのコーヒーが注がれる。
母の趣味である西洋食器に、父の趣味であるコーヒーを淹れたということは、少なくとも三井を“重要な客”としてもてなしているということ。
しかし、当の本人は壁に飾られている絵画や、高価な家具を前に完全に委縮してしまっていた。
カッシーナのソファーに座る父は、不機嫌そうにしているだけで、けっして三井とヨシノを見ようとはしない。
ただいたずらに沈黙だけが流れ、これではいけないと思ったのだろう。
三井が意を決して口を開いた。
「あの、今日伺いましたのは・・・」
コーヒーに手をつけぬまま、つっかえるようにしながら声を出す。
「ヨシノ・・・いや、ヨシノさんとの結婚を許していただきたく──」
「三井寿君、といったね」
父が三井の言葉を遮った。
複数の会社を経営する父は、人を判断することに長けている。
人の良し悪しを判断するのではない。
判断するのは、自分にとって利か、害か。
深いシワに刻まれた鋭い瞳が、三井の目、指先、肌の色を見つめる。
「ヨシノとはどのくらいの付き合いになるのかね?」
「こ、高校三年の春からお付き合いさせていただいています」
「ということは・・・5年になるのか」
「はい」
5年。
三井に「好きだ」と言われてから、それだけの時間が経ったのか・・・
一瞬、思い出へと離れかけたヨシノの意識が、父の言葉で現実に引き戻される。
「結婚はまだ早いとは思わんのかね?」
「え・・・?」
すでに三井もヨシノも社会人として経済的に自立できている。
それなのに“早い”とは・・・?