第4章 紫陽花(三井)
あの頃、まさかこうして二人で実家を訪れる日がくるとは思いもしなかった。
「うわ・・・やっぱエゲツねーな、お前んち」
鉄筋造で地上2階、地下1階の真っ白な家を前に、三井は固まっている。
「そんなことないよ」
「やめろ、金持ちの謙遜ほどムカつくモンはねーから」
「立派な家に住んでいるから幸せってワケじゃないけどね」
確かに、鎌倉の七里ヶ浜海岸に沿った住宅街は、一部の裕福な人間しか住めないかもしれない。
でも、ヨシノは一度もこの家で“居心地の良さ”を感じたことは無かった。
むしろ、三井が一人で住む、築20年の木造アパートの方がよっぽど好きだ。
「よし! じゃあ、チャイムを鳴らすぞ」
「いいよ。私、カギ持ってるし」
「バカ、ちげーんだよ! こういうのはまず、ちゃんとチャイムを鳴らして訪問するのが礼儀だろーが」
「・・・礼儀ね・・・」
どうせ赤木君や木暮君の受け売りでしょうが・・・と、ヨシノは眉をひそめる。
でも、その気持ちが嬉しくて、チャイムを鳴らす三井の震える指を見つめた。
あの時、コンビニの前で絡まれていた私を助けてくれた時の方がずっと堂々としていた。
複数の不良よりも、私のお父さんの方が怖いなんて、不思議。
「なんだよ? オレ、押し方間違った?」
「ううん、なんでもない」
突然噴き出したヨシノを、三井は少し慌てた顔で睨みつけた。
もう背中は汗びっしょりで、重厚な玄関からはどのような化け物が出てくるのか、と怯えている。
「やべーくらいキンチョーしてる」
一呼吸つけたいところだったのだろうが、残念、
すでに三井が挨拶に来ることは伝えてあったためか、待ち構えていたようにドアが開く。
「いらっしゃい」
三井が感じているものとは違う緊張がヨシノにも走る。
まず出てきたのは、母親だった。
「み、三井寿と申します! お邪魔します」
「ヨシノから三井さんのことは聞いています。どうぞ、お入りになって」
明らかな作り笑いを浮かべる母親の後ろには、険しい顔で三井を値踏みするように、頭のてっぺんから足のつま先まで見つめる父親の姿があった。