第1章 小鳥の巣(リヴァイ)
「だがな」
言葉を失っているヨシノの頬に、ひんやりとした冷たい手が触れる。
「俺は、そんなお前の気持ちが・・・分からないでもない」
たとえ、ソイツのためにはならないとしても・・・
巣立たせたくない、弱いだけだと思っていたい存在がある。
「まだ、あの雛は・・・この世界を知る必要はねぇだろう」
そう。
お前も、この世界を知る必要はない。
自分の損得を考えず、感情をむき出しにできる、幼い子ども。
この世界では、そうしていることが幸せなんだ。
「だが、二度とこんな面倒はご免だぞ、クソガキ」
「兵長! どうして、私のことをいつもガキって呼ぶんですか?」
「ガキをガキと呼んで、何が悪い」
「私だって、もう一人前の兵士です!」
ヨシノが調査兵団に入団してから、三年が経とうとしている。
その間に何度も壁外遠征に赴き、生還を果たした。
一人前どころか、有能な兵士だ。
エルヴィンが一個班の班長に任命するのも理解できる。
しかし、リヴァイにとって、ヨシノは他の兵士とは一線を画す存在だった。
「お前は兵士とかいう以前に、まだガキだろう」
「どうすれば兵長に認めていただけるのですか?」
「お前、俺に認められてぇのか?」
「誰だって兵長に憧れています。だから・・・認めていただきたいです」
拗ねたように頬を膨らませるヨシノに、リヴァイの目が僅かに和む。
もし、この胸に抱えている気持ちを彼女に伝えれば、なんて言うだろう。
「私は死を恐れません。団長の命令にも絶対に逆らいません」
もし、エルヴィンに“人類のために死んでくれ”と言われれば、そうするだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
リヴァイは、ヨシノを静かに見つめていた。
「エルヴィンの命令に逆らわない、か・・・」
「はい! いつでも心臓を捧げる覚悟はできています」
敬礼をして見せるヨシノに、兵士長はため息を一つ吐く。
「そう言っているうちは、俺にとっちゃただのガキだ」
だが、それでいい。
それでいいんだ、お前は。
リヴァイは澄んだ青空を見上げ、目を閉じた。