第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「及川徹の才能を開花させ、実力以上の力を引き出したのは、この俺だ」
及川は人より体格に恵まれていた。
センスにも恵まれていた。
それでも超えられない壁は常にあった。
背後に天才が現れた。
自分はその全てを知っている。
「春高予選の烏野戦・・・24対25の第3セット・・・」
このプレーだけは、一生忘れない。
「相手エースのバックアタック・・・花巻が拾ったボールはコート外に弾かれた。どう処理しても、相手のチャンスボールにしかならない“はず”だった」
1秒にも満たない、わずかな時間。
時が止まったようだった。
ボールを追いかける及川が、自分を指さしたのが見えた。
サインもなければ、一度も練習をしたことのないセットアップだった。
だけど脊髄反射のように、自分もスパイク体勢を作っていた。
そして、及川はのちのち語り継がれるようなプレーを見せる。
「及川が言う、俺との“超絶信頼関係”は絶対に認めねえ。けど、あの時・・・あの眼を見た瞬間、アイツがあそこから完璧なトスを上げてくるって分かった」
人並み外れた空間認識力が無ければ成し得ない、超ロングセットアップ。
才能は開花させるもの。
センスは磨くもの。
「及川の才能が、チームの最大値を引き出すことなら・・・」
岩泉がバレーボール選手として誇りに思うこと。
それは・・・
「俺があの時、及川の最大値を引き出した」
あの瞬間、才能は開花した。
あの瞬間、センスは研磨された。
「もっと確実で安全な策があったハズだ。それでもアイツは、実力の限界ギリッギリのところで、俺にトスを上げることを選択した」
その信頼関係が、及川を一つ先のレベルに引き上げた。
「だから、楽しみだ。この俺が引き出してやった才能とセンスで、あいつがどこまでいけるのか」
国内だけじゃ許さねえ。
世界で金メダルでもとってこい。