第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「ただいま」
「なんだ、帰ったんじゃねえのか」
病室のドアを開けると、ベッドから岩泉が少し驚いたような顔を向けた。
寝ていたのだろうか、後頭部の髪が少しへこんでいる。
「バッグ置いたまま帰るわけないでしょ。ちょっと下でお茶してた」
「・・・ふーん」
「暗くなるから、窓とカーテン閉めるね」
ベッドを横切り、すっかり茜色に染まったレースカーテンに手をかける。
そのヨシノの横顔を見つめながら、岩泉がポツリと呟いた。
「で、及川は元気だったかよ?」
「うん、相変わらず・・・って、え?!」
カーテンを引きちぎりそうな勢いで振り返ると、岩泉は“なんだ、図星か”と口を尖らせた。
「な、なんで分かったの?」
「さっきはあんなに泣きそうな顔してたのに、今は吹っ切れた顔してる。この短時間でお前をそこまで変えられるのは、及川しかいねえべ」
「マ、マッキーや松川君じゃないよ! 白鳥沢の牛島君から聞いたらしくて」
慌てて弁解するヨシノを見て、岩泉はため息を吐いた。
「多分、大学で一緒の瀬見が教えたんだろうな。しかし、まさかウシワカ経由で伝わるとは思わなかった」
「及川・・・すごい心配していたよ。着の身着のまま新幹線に飛び乗ったって感じだった」
「へえ、そうかよ」
感情のこもらない返事に、岩泉が気を悪くしているのではないかと心配になる。
しかし、その必要は無かった。
「悪いが、及川には死んでも励まされたくねぇ」
そう言って上げた顔には、力強い笑み。
「どうせ、“岩泉は俺が育てた”とか下らねえことぬかしてたんだろ」
「・・・ご察しの通りで。でもね、その言葉の裏には」
「だがな」
ヨシノの言葉を遮ると、包帯で固定されている右肩に左手を置いた。
「俺は一つだけ、誇りに思っていることがある」
及川に、岩泉を育てたのは自分だと思われていてもいい。
自分以外のセッターとコンビを組んだから、ケガをしたと思われていてもいい。
・・・非常に胸糞悪いが。