第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「及川ってさぁ。酷い奴だよ、ホント・・・」
私の及川への気持ちに気づいているのでしょう。
それなのに、手を絡めてくれもしなければ、振り払ってもくれないのね。
「東京においでって・・・何年先の話?」
嬉しい、けど悔しくて悲しい。
“今”は必要としてくれないのか。
必要とされるのは、彼にとって一番つらい時。
「私の都合も考えて欲しいよ。そんな先のことなんて分からない」
「岩ちゃんにしてあげてるように、ただそばにいるだけでいいからさ。ね?」
「・・・・・・・・・・・・」
だったら、もし“その時”が訪れたら。
及川が笑っていようが、絶望してようが、満足していようが、後悔していようが、関係ない。
ドン引きするぐらい、私が泣いてやる。
そばにいて、涙が枯れるまで泣いてやる。
喜びがさらに大きくなるように、嬉し涙になるのか・・・
悲しみがずっと軽くなるように、悔し涙になるのか・・・
いずれにしても、その時まで出来るだけ涙をとっておくことにするよ。
「先のことなんて分からない・・・だから、“今”を全力で頑張って」
明日、ケガをするかもしれない。
明日、戦力外になるかもしれない。
ボールを追いかけ、トスを上げていられる“今”を大切にして欲しい。
「及川のバレーボール選手としての命が終わる時、世界のどこにいても駆けつける」
ヨシノの右手の上に重ねられた、及川の左手。
その上に左手を重ねて、微笑む。
「“全日本”野郎くん」
すると、及川の顔にも笑みが浮かぶ。
「なにそれ。岩ちゃんと一緒に居すぎて、口調まで移っちゃった?」
この手と手が絡み合う日が来るかは分からない。
それでも、ずっと見守っていたいと思う。
岩泉と一緒に歩いてきた道の先に続く道。
それを一人で歩いていく、この人の背中を・・・