第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
遥か彼方を見据える及川に、ヨシノは鳥肌が立った。
この人は自分の想像をはるかに超えている。
いつか必ず最高峰の舞台に立って、その才能や実力を惜しげもなく披露するのだろう。
同時に、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
この人と結ばれることは絶対にない。
性格はともかく、これだけの容姿だ。
もともと女性に事欠かないだろうし、自分なんかがどう頑張って手を伸ばしても届かないだろう。
今は、病院のカフェテーブルの上で重なり合う手。
大きくて、温かくて、そして・・・遠い。
「ヨシノ・・・」
重なることはあっても、絡み合うことはない。
ヨシノの気持ちをほんの少しでも悟ったのだろうか。
及川は瞳を切なそうに揺らした。
「東京に・・・おいでよ」
その言葉は、ヨシノの心臓を大きく跳ね上がらせるには十分で。
驚いたように見上げたヨシノに、及川はようやくそれが笑みだと分かる程度の微笑みを返す。
「いつか必ず、俺もユニフォームを脱ぐ時がくる」
コートを去る時。
バレーボールを置く時。
「その時、俺もヨシノにそばにいて欲しい」
だからそれまでは、この重ねた手を絡めない。
自分勝手だとは思うけれど・・・
“お前は多分じいさんになるくらいまで幸せになれない”
“たとえどんな大会で勝っても、完璧に満足なんてできずに一生バレーを追っかけて生きていく”
「俺は“めんどくせえ奴だから”ね。岩ちゃんばっかりズルイ」
それまでは、迷わず進む。
「及・・・川・・・」
「大丈夫、まだ何年も先の話だし? そばにいて欲しい人には、バレーの知識を求めないって言ったデショ」
お道化たようにピースをする及川は、どこまで本気なのか分からない。
だけど・・・
冗談を言っているようにも見えなかった。