第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「つらい時にそばにいて欲しい人って、それまで一緒にいた時間の長さは関係ないよね」
家族、親友、仲間・・・とは限らない。
「自分の弱い姿を見せることができる相手に、そばにいて欲しいと思う」
だから、もし岩泉がヨシノに弱い姿を見せているなら。
難しいことは考えず、ただそばにいてやって欲しい。
「岩ちゃんがヨシノの前でメソメソしてるなら、そうさせてやりなよ。そのうち気が済むだろうから」
ヨシヨシと頭を撫でると、微かにヨシノが頷く。
誰かの弱い姿を受け止めるのは、簡単なことじゃない。
けれど、ヨシノならきっと大丈夫。
なんて言ったって、自慢の相棒がずっと惚れている女なのだから。
「俺はそろそろ帰るね。いったん実家寄ってシャワー浴びてから東京に戻りたいから」
「今日中に帰らなきゃいけないの?」
「うん、明日は午前中から大学チームの練習があるんだ」
及川は窓の向こうに目を向け、赤く染まり始めている太陽を見つめた。
「岩ちゃんには悪いけれど、俺はもうしばらくバレーに没頭させてもらうよ」
牛島から岩泉のことを聞いた瞬間、及川の足は駅へ向かっていた。
新幹線に飛び乗り、脳裏をよぎるのは一緒にバレーボールを追いかけた思い出ばかり。
「岩ちゃんの分まで頑張る、とかは言わない。俺は俺だし、岩ちゃんとは違う人間だからね。けど・・・」
“嘆くのは全ての正しい努力を尽くしてからで遅くない”
かつての恩師の言葉が蘇る。
その言葉に導かれるがまま努力し、そして掴んだ才能開花のチャンス。
「俺の才能や実力がもし、この先も通用するなら。それは“岩ちゃんも戦っている”ということだから」
「え・・・?」
及川の言葉が理解できないのだろう。
首を傾げているヨシノに、不敵な笑みを見せる。
「俺は行けるところまで行く。岩ちゃんは指を咥えながら見てろって伝えといて」
胸元に刺繍された、日の丸。
高校から大学、
大学から日本代表、
そして、世界へ。
及川の挑戦はまだ始まったばかりだ。