第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「当たり前でしょ。手術はすぐに終わったし、経過も良いみたい。さっき・・・その、ちょっと痛そうにしてたけど」
「・・・・・・・・・」
及川はしばらく間の抜けた顔をしていたが、ようやく頭が本来の回転の速さを取り戻したようだ。
突然頬を真っ赤にし、涙目でヨシノを睨む。
「ちょっと、紛らわしいことはやめて欲しいね!」
「え、私、怒られてる?!」
「俺を見るなりこの世の終わりみたいな顔で泣き出すから、てっきり岩ちゃんの手術が失敗して、なんかヤバいことになって、ご臨終しちゃったんじゃないかって思ったじゃん!!」
「なわけないでしょ?! 肩とひじの関節の手術だよ、一時間もしないで終わったし」
確かに及川を見て泣いたけれど、それは安心したからだ。
でも、及川の方はもっと“大事”に捉えたようだった。
「あー、まだドキドキしてる! ヨシノのせいで寿命が三年は縮んだよ、どうしてくれんのさ!」
「わ、私のせい?!」
勝手に早とちりしたのはそっちじゃないか、と思っているうちにそれまで流れていた涙が引っ込んでしまう。
「俺が若くてピチピチのまま死んだら責任とってよね、ヨシノっ」
「大丈夫。こんくらいじゃ及川の寿命は縮まないでしょ、図太いんだから」
日本代表に選ばれても、及川は、及川だった。
「まぁ、とにかく。その程度ですんで良かったよ」
「その程度って、はじめはもうバレーができなくなったんだよ?!」
「でも、ご臨終したわけじゃない。岩ちゃんなら、放っておいてもまた立ち上がるよ」
ニッと不敵な笑みを浮かべ、ヨシノの頭をポンポンと撫でる。
岩泉を信じる強さ。
何年もかけて二人の間で培ってきたそれは、簡単に崩れはしない。
たとえ、選手生命が終わったと聞いても。
「だから安心しなよ、ヨシノ」
その笑顔に、それまで心の中に渦巻いていた不安が少しずつ消えていくようだった。