第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
全日本チームの真っ黒な練習用ジャージに、スニーカー。
スポーツバッグを肩から下げる姿はまるで、これからトレーニングに行くかのようだ。
“あの人、どこかで見たことある”
ザワつき始める周囲を気にも留めず、真っ直ぐとヨシノの方へ走って来る。
一年ぶり・・・?
いや、もっとだ。
「ヨシノ」
懐かしさよりもまず、安堵が込み上げてきてジャージの胸元を掴む。
そこには日の丸が刺繍されていた。
「はじめがッ・・・」
「岩ちゃんが、なにっ?!」
その途端、堰を切ったように泣きだすヨシノ。
及川は汗が滲む顔を真っ青にして、震える頭を撫でた。
誰かが“あれって、バレーで有名な人だよね”と呟いた。
“何かあったのかな・・・?”と首を傾げている人もいる。
普段の及川なら、“どうも~”とか、“大丈夫です、何でもありませんよ~”などと愛想を振りまいただろう。
しかし、今はそんな余裕など無い。
「大丈夫、深呼吸して。ゆっくりでいいから・・・」
高校時代よりもまた少し、身長が伸びたのだろう。
声が低くなったような気がする。
「何があったのか、俺に話して」
大きくて優しい手に撫でられながら、少しずつ落ち着いていく気持ち。
言われた通り息を大きく吸うと、吐く速度に合わせて背中を擦ってくれる。
でも、その大きな手は震えていた。
ああ・・・及川も不安なんだ。
見上げると、いつもは余裕たっぷりの綺麗な瞳が揺らいでいる。
「はじめが・・・右肩と右ひじの靭帯が断裂して・・・二日前に手術を受けた」
「うん・・・それで?」
「切れた部分を修復することはできるけど、元のようにバレーをすることはもうできないだろうって・・・」
「うん・・・それで?」
「・・・で、退院まであと三日だって」
「うん・・・って、退院?」
「うん、退院」
「・・・・・・・・・」
目がテンになること、15秒。
「い、岩ちゃん、退院できるの?!」
何を素っ頓狂な声を出しているんだ? と、及川から体を離して見ると、驚いたような、安心したような、怒ったような、複雑な顔をしていた。