第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
涙をこらえながら廊下に出て、エレベーターのボタンを押す。
通常よりも大きめなエレベーターは、車いすや治療器を付けた人への配慮だろう。
“一階・受付”を押し、ドアが閉まった瞬間、涙が溢れてきた。
大学病院には色んな患者がいる。
ただの風邪の人もいれば、危篤の人もいる。
小学生ぐらいの子どももいれば、年金暮らしの老人もいる。
岩泉は手術をしたとはいえ、命が危険に晒されたわけではない。
もっと大変な思いをしている人だっている。
だけど・・・
“腹すかねぇもんだな・・・”
選手生命も、一つの“命”。
その炎が消えた今、彼は人間が持つ当たり前の欲求すら失った。
“及川と出会っていなかったら”
そして、自分が歩んできた道を否定しようとしている。
「どうしてあげればいいのか分からない・・・」
新しい道を歩んでいけばいいと、人は言うかもしれない。
でも、どうやって?
人ってそんなに簡単に切り替えられるものなの?
どうやって新しい一歩を踏み出すためのスタートラインを引いてやればいいのか分からない。
「私は無力だな・・・」
ロビーで順番待ちをしている、人、人、人。
不安そうな顔、苦しそうな顔、嬉しそうな顔、さまざまだ。
みんな、病気やケガと向き合い、中には克服した人もいるのだろう。
でも、岩泉はそのどの表情とも違っていた。
“なんて顔してんの”
悔しさ? 悲しみ? 怒り?
どれも違う。
絶望だった。
バレーボールを知らない、岩泉の努力の全てを知らない、そんな自分に、彼がこれから進むべき道を照らすことがどうしてできようか。
もし、それができるとすれば・・・
「ヨシノ!!」
正面玄関の前に停まった、一台のタクシー。
大きなガラスの自動ドアが開く。
「あ・・・」
ロビーを行き交う人々を押し分けて、こちらへやって来る長身の男性。
そう。
岩泉の道を照らすことができるとすれば・・・
「岩ちゃんはッ・・・?!」
仲間として肩を並べ、
同じ夢を追いかけ、
喜びを分かち合い、
悔し涙を流し合った・・・
「及川・・・!!」
この人だけだ。