第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
厚い胸筋が張った胸に顔を押し当てられ、ヨシノは心臓が飛び出そうなった。
「・・・はじめッ、いきなりなに」
「悪い」
口では謝っているのに、離してくれる気配がない。
「重いでしょ、縫合した場所から血がでたらどうするの!」
「・・・・・・・・・・・・」
たしかに、ヨシノの体重が少しかかるだけで、肩はズキズキと痛むし、ひじもビキンと何か切れたような感じがする。
でも、かまってなどいられなかった。
「今のお前の顔、見てらんねえしよ・・・」
それに・・・
「今の俺の顔も、お前に見られたくねえ」
だけど、そばにいて欲しい。
ほんの数秒だけでいいから、どうか我儘を聞いて欲しい。
「・・・・・・・・・・・・」
流れる沈黙が、これほど重いものだなんて知らなかった。
岩泉に体重をかけないよう、必死でベッドに片腕を突っ張るヨシノ。
体重を預けてもらえないことに情けなさを覚える岩泉。
満足に抱きしめることができなければ、抱きしめさせてももらえないのか。
どんなに岩泉が想っても、ヨシノの想いと交差することは無いのか。
十分・・・? いや、数分か。
頭を掴んでいる岩泉の手からわずかに力が抜けた瞬間を見計らい、ヨシノが体を離した。
「ちょっと・・・外で頭冷やしてくる」
「・・・・・・・・・・・・」
その瞳の端には、涙が滲んでいた。
「重かったよね。ごめんね、はじめ」
そう言って、病室から出ていくヨシノの背中を見ることができなかった。
追いかけることもできない。
繋ぎとめておくこともできない。
想いを打ち明けることもできない。
「ボゲがっ・・・!」
そんな自分がただ悔しくて、腹立たしくて。
岩泉は左手で顔を覆うと、ベッドに深く沈み込んで悪態をついた。