第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「ご、ごめん。部外者で素人の私が口を出すべきじゃないね」
今、自分にできること、やらなければいけないことは、友達として岩泉を励ますことだ。
その顔を見れば、及川の名前を出してはいけないことくらい分かっていたはずなのに。
無言で手のひらの中にある怪獣のキーホルダーをじっと見つめている岩泉。
高校時代の思い出だって、その大半が及川たちと一緒に築いたものだろう。
「本当にごめん・・・」
すると、岩泉は大きな吊り目をヨシノに向けた。
「俺は・・・」
不器用な後輩からもらったハミチキ。
及川を追い詰めた後輩からもらった花。
元チームメイトからもらった漫画や菓子。
現チームメイトからもらった励ましの言葉。
「ガキの頃からの友達が、たまたまバレーが好きだった。“遊び”に付き合っていくうちに、いつしか遊びが“練習”になって・・・気づけばのめり込んでいた」
家に飾ってある、大会“準優勝”の写真とメダル。
「そして、俺をバレーに引きずり込んだヤツは、セッターとしての才能がずば抜けていた」
岩泉は左手で包帯を擦った。
ギプスが取れたらリハビリが始まる。
バレーに復帰するためでなく、日常生活ができるようになるための。
「あとにも先にも、俺にとって及川以上のセッターはいねぇ。小学校から高校まで、そんなスゲェヤツとコンビ組んだことが、こうなっちまった原因だと思ってる」
岩泉が誰かの前で及川のことを語るのは、初めてだった。
それはきっと、ヨシノがバレーボールに関して無知だから。
そして、一緒に大事な思い出を築いた仲間ではないから、素直に吐露することができるのかもしれない。
「大学のセッターもスゲェけど、なんか違う」
“欲しい”トスを上げてもらえない。
子どもから大人へと成長する間ずっと、岩泉は及川のトスを打っていた。
身長が1センチ伸びるだけで変わる、最高到達点。
体重が1キロ増えるだけで変わる、筋肉量。
岩泉の体型の変化に合わせつつ、及川は“スパイカーにとって最高に気持ちいい”トスを上げ続けた。
そしてそれが、岩泉の“選手生命を縮める”ことに繋がった。