第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
「及川・・・?」
「そう、及川のお母さんから。わざわざ私を待っててくれたんだよ、相変わらず美人だね」
差し出されたのは、見覚えのある花柄のタッパー。
よく、これを持って“岩ちゃん、お裾分け~”とヘラヘラしながら玄関に現れた幼馴染を思い出す。
「おー、肉じゃが! 及川の母ちゃんのヤツ、うめえんだよな」
「病人でもないのに病院食は味気ないでしょって心配していたよ」
「・・・寝てばっかだから、腹はそんなにすかねぇけど」
つい最近までは激しい練習の日々で、いくら食べても空腹が満たされることは無かった。
だが、こうして寝てばかりいると、こんなにも腹はすかないものなのかと驚かされる。
「腹・・・すかねぇもんなんだな・・・」
今のは本当に岩泉の言葉なのだろうか、とヨシノは背筋がゾクリとした。
その言葉と口調にまったく熱が帯びておらず、虚無感のまま発した、という感じだった。
「はじめ・・・」
高校の頃、部活帰りに夕食まで待てないと言って、ラーメンを頬張っていた姿からは想像もつかない。
大丈夫。
きっとまた、昔のようにバレーができるようになるよ。
だから、いっぱい食べて。
そう言えるなら、何度でもそう言ってあげたい。
でも、包帯が巻かれている右半身を見ればこそ、軽はずみな言葉を言うことができなかった。
「それより、ヨシノ。及川の母ちゃんも知ってるってことは・・・」
「大丈夫。及川には言わないように、ちゃんとお願いしてある」
「・・・そうか」
ヨシノは岩泉のベッドの横に置いてあるサイドテーブルに目を向けた。