第3章 はじめの一歩(及川・岩泉)
もし、もっと早く治療に踏み切っていたら・・・
もし、及川と同じ大学を選んでいたら・・・
もし、時間を遡ることができたなら──
どこかの時点で、今の状況を変えられたかもしれない。
真っ白なカーテンが揺れる個室でよぎるのは、そんな不毛な考えばかり。
「バカみてぇ・・・」
手術はあっけないほど、すぐに終わった。
麻酔で眠らされたあと、気が付いた時には右上半身を包帯でぐるぐる巻きにされていた。
右肩と右ひじをギプスで固定され、寝返りすらうてないベッドの上で、岩泉は一人静かに掛布団の上に置いたバレー雑誌を眺めていた。
しかしそのページは、バレーシューズ新作モデルの広告からピタリと止まったまま。
コンコン・・・
ドアをノックする音がして、岩泉は反射的に雑誌を閉じた。
その時ようやく、自分が雑誌を読んでいたことを思い出す。
「・・・どうぞ」
叩き方からして、看護師やバレー部の関係者ではない。
それまで険しかった岩泉の表情が、わずかに綻んだ。
「失礼します。はじめ、調子はどう?」
「おう」
ひょっこりと顔を出したのは、高校三年の時に同じクラスだったヨシノ。
サイドテールの髪を揺らしながら、着替えが詰まった大きなカバンを抱えている。
「わざわざ持ってきてもらって悪いな」
「はじめのお母さんも忙しいからね。私は車だし、気にしないで」
病院は自宅から電車を乗り継がなければいけない場所にある。
岩泉の母親はパートをしているため、入院初日に顔を出したっきりだった。
代わりに、母親のパート先で昔バイトしていた縁で、ヨシノが学校の合間に身の回りの世話をしてくれている。
「にしても、ずいぶんと大荷物だな。お袋に頼んだのはジャージと替えの下着なのに」
「話を聞いた青城のみんなから、いろいろとお見舞いの品を預かっちゃって。ほら、はじめといえば怪獣のキーホルダー!」
「キーホルダー?」
「元3-5の女子一同より、だって。よくつけてたもんね」
「いつの話をしてんだよ」
確かにカバンにこんなキーホルダーをつけていたが、もっと他にあるんじゃねぇか? と眉間にシワを寄せる。